時間が長く経過したと感じると傷の治りが早くなる
実験に参加したのは大学生33名です。
参加者には実験室に来て、カッピング・セラピーを受けてもらいました。
カッピング・セラピーとは、ガラス容器を皮膚に吸引し、鬱血状態にすることで、血行促進や老廃物の排出を促進する伝統療法のことです。
このとき、参加者には時計の代わりに、一定時間ごとに画面が緑色になるモニターを見せて、時間経過を伝えました。
この画面の変化は、すべての参加者で4分おきに統一して設定されていますが、研究者は参加者を3つのグループに分け、それぞれに違う時間間隔で緑に7回点灯するという説明を行いました。
グループ1:2分経過ごとにタイマーの画面が緑になると実験者から伝えられ、あざの観察時間が合計で14分のように感じる
グループ2:4分経過ごとにタイマーの画面が緑になると実験者から伝えられ、あざの観察時間が合計で28分のように感じる
グループ3:8分経過ごとにタイマーの画面が緑になると実験者から伝えられ、あざの観察時間が合計で56分のように感じる
こうして参加者に対して前腕にできたあざの治癒を28分間行い、あざがどれだけ回復したと感じるかを評価しました。
また評価のタイミングで、あざの様子は撮影されています。
また別にオンラインで雇った27名に、最初と最後に撮影されたあざの様子を見て、どれだけあざが治っているかを評価してもらいました。
分析では、参加者の年齢、ストレス、不安やうつ病のレベルなどの変数が結果に影響を与えないように調整を行っています。
実験の結果、実際に経過した時間は同じでも、経過した時間が長いと感じている人ほど、第三者評価であざの状態がより回復していると評価されたのです。
また主観的な評価においても、経過した時間が長いと感じている人ほど、あざが完全に治ったと感じる割合が多くなりました。
そして実験参加後のアンケートで、経過時間が操作されていたこと、時間の感じ方が治癒状態に与える影響を調べる目的であったことは誰も気づいていませんでした。
つまり実際の経過時間は変わらなくても、主観的に感じる時間が長いと傷の治癒がより進むということです。
研究チームは「これらの結果は、身体的治癒に対する時間の影響は、実際の時間の経過とは無関係に、感じる時間の長さによって直接影響を受けるという仮説を裏付けるものだ。」と述べています。
しかしなぜ時間の感じ方が身体的治癒の速さを変える現象の背後にある根本的なメカニズムは依然としてわかっていません。
性格などの個人差も含め、メカニズムの理解にはさらなる研究が必要であると言えるでしょう。
この結果は、精神と身体のつながりに関してさまざまな信念が無意識のうちに影響することを意味しています。
具体的には、自分は今後風邪をひきやすいかどうか、どれくらい早く治るのかなどの思い込みや期待です。
もし時間の流れが遅く感じると思ったときには、その考え自体が傷の治癒を遅くしてしまうかもしれません。
いろいろと疑問も残りますが、実際にこのような作用が人体に潜んでいるとすると非常に興味深い事実です。
参考文献
Mind Over Matter: Perception of Time Influences Wound Healing
How Time Perception Influences Physical Healing
Perceived time has an actual effect on physical healing
Perceived Time Has An Actual Effect On Physical Healing
Harvard’s Startling Discovery: Perceived Time Affects Healing Rate
Surprising link between time perception and wound healing revealed in Harvard psychology study
元論文
Physical healing as a function of perceived time
ライター
AK: 大阪府生まれ。大学院では実験心理学を専攻し、錯視の研究をしています。海外の心理学・脳科学の論文を読むのが好きで、本サイトでは心理学の記事を投稿していきます。趣味はプログラムを書くことで,最近は身の回りの作業を自動化してます。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。