世界最大の半導体受託製造会社(ファウンドリ)である台湾積体電路製造(TSMC)。2月に熊本県菊陽町に第1工場(運営子会社:JASM)が開所し、同町に第2工場も建設される予定であり、2025年春には600人以上(予定)の新卒採用を予定するなど、日本での採用活動を積極化させている。そんななか、10月11日付「日経ビジネス」ウェブ版記事『TSMC、博士獲得へ全国行脚 「昼夜問わず仕事できる人材」』が伝えている、TSMC幹部の「日本人は想定より働かないが、博士号を取得できる学生なら違うはずだ」という発言が話題を呼んでいる。専門家は「TSMCは就職先として大学生・大学院生からの人気は非常に高い」というが、その理由は何なのか。また、TSMCの労働環境や待遇はどのような実態なのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 世界の半導体ファウンドリ市場は今、シェア6割以上を占めるTSMCの一人勝ち状態だ。24年7~9月期決算は売上高が前年同期比39%増の7596億台湾ドル(約3兆5000億円)、純利益は同54.2%増の3252億台湾ドル(約1兆5200億円)で、ともに過去最高を更新。4半期ベースで安定的に純利益1兆円をあげるという驚異的な高利益体質を維持している。

 同社は今年2月に熊本県に第一工場を開所させ、第二工場の建設も発表するなど、日本で製造拠点の拡充を推進。これを後押しするため、日本政府は第一工場に総投資額の約4割に相当する4760億円、第二工場に約5割に相当する9000億円、計約1兆4000億円もの補助金を出す。

 国際技術ジャーナリストで「News & Chips」編集長の津田建二氏はいう。

「TSMCが第二工場をすぐに日本に設置しようと考えたのは、米国のアリゾナ工場よりも日本人が台湾人同様、勤勉で残業もいとわないと感じたからだ。横浜・みなとみらいにあるデータセンターでは最先端の5nm、3nmの設計作業を行っており、日本人の優秀さを実感している。人材の募集は定常的に行っており、その規模を拡大している。このため、第三工場の設置に関して正式な発表はまだないが、いずれ時間の問題だろう。ただし第三工場は微細化ではなく、先端パッケージの工場になると見ている。日本には優秀なパッケージング材料メーカーが多くサプライチェーンが充実しており、しかもその開発を、つくばにあるTSMCジャパン3DIC研究開発センターで行っているからだ」

 熊本工場を運営するTSMCの子会社JASMには、ソニーセミコンダクタソリューションズとともに自動車部品メーカーのデンソーが出資している。

技術者にとって非常に魅力的な環境

 TSMCは熊本工場建設が決まって以降、日本で新卒採用を行ってきたが、前述のとおり来春には600人以上の新卒者を採用する。

「JASMは積極的に全国の大学を回って会社説明会を行い、事実上の採用活動に力を入れている。日本企業より年収などの待遇は良く、グローバルに活躍できる舞台が整っていることをアピールしており、学生からの関心は高いようだ」(半導体関連企業社員)

 前出・津田氏はいう。

「TSMCは日本の技術者は優秀だと認識しており、LinkedIn(リンクトイン)などをみると、常に経験者募集を行っています。先日、ある国立大学の半導体分野の教授に『最近では就職先として、どこが人気が高いのか』と聞いたところ、TSMCということでした。学生が同社を志望する主な理由は2つで、給与が高い点と、働きがいがある点です。TSMCの社員の待遇が良いことは知られていますが、初任給は概ね日本企業の1.5倍くらいといわれています。それでも台湾のTSMCよりは低く抑えられており、これは給与をあまり高くしすぎると熊本工場周辺の他社が採用難に陥ってしまう懸念があり、配慮しているためです。働きがいという面では、TSMCは世界シェアトップで、かつ最先端の技術分野で世界をリードしており、そのような環境で働けることは技術者としては非常に魅力的です。

 ちなみに、この教授の方の話によれば、これまでは半導体関連で修士・博士課程を修了しても、日本企業の半導体メーカーとしてはソニーかルネサスエレクトロニクスかキオクシア(旧東芝メモリ)くらいしかないため、コンサルティング会社などに就職する人が多かったといいます。大学・大学院で数年かけて学んだ知識を仕事として活かせるという意味では、TSMCによる大量採用は日本の学生にとってよいことかもしれません」