シェルツ氏は、この個体が打ち上がった日に、デンマーク自然史博物館の同僚から翌日解剖される旨のメールを受け、解剖に立ち会いました。
動物の解剖が行われる際は、あらゆる方面の研究者が集って、形態のデータ収集や議論が交わされるそうです。
クジラは、生物の進化史において特異な位置をしています。
そもそも陸上のあらゆる脊椎動物は、すべて海の生物から派生したものです。
およそ3億5000万年前のデボン紀後期に、肉厚のヒレを持つ「肉鰭(にくき)類」の生物が陸上に進出し、原始的な四肢動物が誕生しました。
四肢動物は、陸上生活に適応するための最良の手段として、5本の指が生えた四肢を手に入れます。
その後、四肢動物がどんどん繁栄していく中、約5300万年前に、原始クジラの「パキケトゥス」が出現します。
ところが不思議なことに、原始クジラの系統は進化の過程で少しずつ水中に適応し始め、最終的には完全な水中生物に逆戻りしたのです。
水中から出て、再び水中に戻った生物は他に知られていません。
その過程で四肢を失くし、再びヒレを取り戻したのですが、今回の解剖から、5本指の名残がまだ残っていることがよく分かるでしょう。
シェルツ氏は、次のように話します。
「クジラの奇妙な”5本指”は、進化の奇妙さを示す、むしろ美しいデモンストレーションと言えます。
生物の進化は、ありものをいじくり回すことで実現してきました。
一からまったく新しい構造を作るよりも、既存の構造を再利用する方が簡単で、はるかに効率的なのです」
私たち人間で言うと、耳の付け根の小さな穴は、魚時代のエラの名残であることが分かっています。
あなたにもある? 耳のつけ根の小さな穴は「魚のエラ」の名残りだった