1974年〜1975年 サイドショー・イヤーズ
1974年、および1975年を取り上げる矢立のはじめに際し、ひとつ古い話をさせていただきたい。
1962年から2年間、amtは同年式のマーキュリー・インターミディエイトであるミーティアをアニュアルキット化した。モーターシティーのどこよりも懇意のフォード・グループから供与された立派な図面によって、amtのキットはすばらしい仕上がりを得た。当時まだスーパーカー/マッスルカー・ブームははじまっておらず、市場にはまだなにか大きくておもしろいことが起きそうな予感だけがあり、ミッドサイズの新車にはそんな予感がもっともピュアなかたちで詰まっていた。
各モデルが作り出す人気の勾配は確かに存在したが、それはまだおだやかで、ただ新しい車というだけでそれらはいずれ劣らず充分に魅力的だった。ミーティアはその名のとおり、たった2年のシーズンを流れ星のように横切って消え、そのキットの金型はなにものにも転用されることはなかった。
’63マーキュリー・ミーティアのアニュアルキット金型は1974年頃、単に財務上の税控除のためだけに、他のいくつかのアニュアルキット金型と一緒にスクラップとして廃棄処分された。それほどまでにamtの財務状況は当時窮しており、その背景には、時勢を得て拡大の一途にあった大型トラックキットへの過剰投資と、金型保管スペースの急激な逼迫があった。
それが生涯ハイパフォーマンスの派手な肩書きとは無縁だったamtミーティアの短くて儚く、そして後世にそれと知られないまま永遠に影響を与え続けることになるテール(物語)の結末だった。
1974年、amtはトロフィー・シリーズを復活させていた。看板の末尾に「コンティニュード」と添えられたこのカーゴカルト的な消極策は、ラインナップのすべてが過去のキットの焼き直しであることにその正体があらわれていた。amtはモダン・クラシックスを名乗るシリーズを同時に展開しており、こちらにはメルセデス・300SLやスチュードベーカー・アヴァンティといったものが寄せ集められた。
どれがトロフィーでどれがモダン・クラシックスと峻別できるような要素はなにもないこの再販プログラムは、「売り出すものが多ければ、それだけ売り上げは上がる」というamt社長トム・ギャノンの持論にもとづく、オールアメリカン・ショー&ゴー・プログラム(本連載第29回参照)の1974年版の目新しさのない再演であった。トム・ギャノンにいわせれば、今回その「目新しい」役まわりを担っていたのが年式をわざとぼかした1974年のアニュアルキットだった、ということだ。
1974年式のamtアニュアルキットには、ことごとく「NEW」ないし「NEW for ’74」のラベルがつけられた。本連載第27回をすでにお読みの方にはおわかりのとおり、「for 19xx」という断り書きはかつて、アニュアルキットとして十全な要素――デトロイトの供与する実車と同じ図面・情報にもとづき、可能な限り忠実にその差異を再現すること――を欠いているキットに着せられた「汚名」であったはずだ。
しかし今回は、いつもと変わらないソースにもとづきながらも、あえてアニュアルの性格を強調せず、その他の焼き直しキット群との境界をあいまいにする意図がこめられていた。アニュアルキットはこの年、名実とも「自動車のプラモデル」のワン・オブ・ゼムの地位に成り下がった。
AMC・グレムリンのキットを例にとれば、「NEW」グレムリンX(品番T216)と「NEW for ’74」グレムリンX(品番T368)はそれぞれ別のパッケージとして、ほぼ同じ時期に市場にあらわれた。前者には「ミニ・マッスルカー」と苦しい但し書きがなされ、後者はそれがファニーカーであると謳われていた。
これまではアニュアルキットのファニーカー化・ストックレーシングカー化といえば、アニュアルキットの正規展開後、金型の退役後におこなわれる梃子入れの儀式であったが、もはやそんな悠長な時間を置くことがままならないほど、amtは自社工場の生産スケジュールをなり振りかまわず「水増し」しなければならなくなっていた。
苦肉の策で生き残る金型も…
また、この年の顕著な特徴として、NASCARなどの伝統的なストックカーレースや、NHRAが主催する公式のドラッグレース以外の自動車競技・イベントが、急速に多様化するテレビ放送の影響の下、にわかに注目を集めるようになったことが挙げられるが、amtはそうした動きも貪欲に取り込んだ。とくに目立ったのは、ジャンクヤードの山から生まれしモディファイド・レーシングカーのキット化、そしていまひとつは「スリルカー」と呼ばれる曲芸自動車(スタントカー)のキット化だった。
これらはいずれも新味のある試みではなかった。試行は1970年代に入るやすぐに例がみられたもので、スリルカー/スタントカーなどはその性格上、いくら潰してもかまわない古い年式の中古車を派手に装って使い潰すのが常であったから、キットのテーマとしては多くの古い金型をかかえるamtにとって非常に都合のよいものだった。
1970年代当時、トーナメント・オブ・スリルズと題されたカースタントの大規模興業は、1950年代の発祥以来、最高潮ともいえる人気の盛り上がりをみせていた。ABCをはじめとする全米ネットワークを持つテレビ局がこの催しの様子を取り上げ、片輪走行や命知らずの大ジャンプといった曲芸を披露する’65フォード・マスタングの姿が視聴者の心を惹きつけたのがその一因だった。
かつてはただそこに駐車してあるだけで人の心をときめかせたマスタング・ザ・ファーストは、フェイタルクラッシュ(ドライバーが命を落とす大事故)も辞さない世界にあってようやく拍手喝采のとれる「なつかしの大スター」となっていた。
モディファイドカーもまたスリルカー/スタントカーと同様、1950年代からずっと続く自動車競技の一形態だったが、高度に複雑化したレギュレーションと洗練されたスタイルをまとい、専門性と商業的色合いをだんだん色濃くしていった他のNASCAR競技とはやや異なり、「同じような車はふたつとない」とまでいわれるアマチュアリズムと「ジャンクヤードのポンコツを生まれ変わらせる」伝統をより重視した特異な競技スタイルとして、1970年代にはふたたび熱い注目をあつめはじめていた。
amtはこうしたモディファイドカーに「旧金型の最終的解決」を見出し、いくつかの金型をかなり大胆に切り刻んだ。
こうしたアイテムをまじえ、アニュアルキットを名乗らないアニュアルキットをも渾然と含んだ1974年のamt新製品群は、もはやサーカスをも越えてサイドショー的な様相を呈した。まっさらの新製品をこのラインナップから選り分けることは容易ではなくなり、「正統派のカープラモとはなにか」という問いそのものがみるみる無効化されていった。
本連載が今回、1974年と1975年にそれぞれ1章を割くことをしないのはこうした背景による。アニュアルキットの観点からすれば1975年は、前年からひどく長引いたただの後産であり、新味と呼べそうなのは文字どおりamtのブレイクスルーの願望を絵に描いてみせた、曲芸まがいの箱デザインくらいのものだったからだ。
カープラモの世界にも吹き荒れた戦場の嵐
この2年から注目すべき動向をなにかひとつすくい上げるとすれば、当時モノグラムが展開していた1/32スケールのミリタリーモデルにそれはあった。当時モノグラムは、総合プラモデルメーカーらしく、第二次世界大戦における地上戦の花形であるAFV(装甲戦闘車両)を続々キット化していた。キットには当時、情景模型の稀代の名手としてつとに名高かったシェパード・ペイン監修によるヒントがフルカラー印刷のリーフレットとして封入されていた。
ティップス・オン・ビルディング・ダイオラマズ(情景模型づくりのヒント)と題されたこの詳細なアドバイスが、プラモデル趣味の世界に「ウェザリング」と呼ばれる技法の可能性をもたらした。ただ色を塗ればよいというものではない、実物に即した風化と汚れを模型にも施すことによって得られるリアリズムの効果に、模型趣味者たちは興奮し、こぞってその技法を実践しはじめた。
かつてジョージ・バリスやビル・クッシェンベリーらのアドバイスに従ってキャンディーペイントの技法を追求していた者たちも、一部がこうした新潮流に心を移し、おそるおそるアメリカンカープラモにも泥汚れやホコリ汚れを施しはじめた。実践してただちに後悔を表明した者もあれば、庭の土をチューブ入りの接着剤で溶いてふんだんに盛りつける剛の者もあらわれた。
こうしたチャレンジングな姿勢にフィットする新しいアイテムが、amtから1975年に登場した。フォード・F-350ピックアップトラックである。一連のセミトラックのように巨大でもなく、さりとて従来のアニュアルキットやトロフィー・シリーズのキットが手がけたようなコンパクトカー枠の変わり種でもない、堂々たる体躯の大型ピックアップのキット化は、うらさびしい松風吹く時代にあって少々興味深いヒットを記録した。
これはあくまでも推論だが、流行しはじめたウェザリング技法を迷いなく試してみるには、いくらそのタフネスが売りとはいえ、ひとつ5ドル~10ドルにもなるセミトラック/ビッグリグのキットはあまりにも高価すぎたのではないだろうか。
識者のなかには、このフォード・F-350ピックアップを最後のアニュアルキットとして位置づける者もいる。筆者もそうした見方に同意せざるを得ない。
※再販版のAMT製フォード・ファルコンの画像は、有限会社プラッツよりご提供いただきました。
※シェパード・ペインのリーフレットの画像は、読者のdakさんにご協力をいただきました。
ありがとうございました。
写真:畔蒜幸雄、羽田 洋、秦 正史
文・bantowblog/提供元・CARSMEET WEB
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