先ず、ブタペスト発の2つの外電を紹介する。

① ハンガリーのオルバン首相は25日、ブタペストの国会演説でロシアと戦争中のウクライナを酷評し、「キーウ政府はウクライナ最西端ザカルパッチャ州に住むハンガリー系少数民族約15万人の母国語の権利を制限している。その権利が回復されるまで、わが国はウクライナを国際政治の舞台では支援しない」と述べた。オルバン首相が批判しているのは、ウクライナ政府が2017年、学校での少数言語の使用を制限する法律を可決したことだ。

ハンガリーのオルバン首相(「フィデス」の公式サイトから)

② オルバン首相は25日、「スウェーデンの北大西洋条約機構(NATO)加盟の批准を迅速には実施しない。スウェーデンのNATO加盟の批准を急ぐ事情はないからだ。スウェーデンの安全は決して脅かされていない」と主張する一方、「スウェーデンはこれまでわが国に対して法の支配が損なわれているという中傷を繰り返してきた。ストックホルムには先ずわが国への敬意を求めたい」と述べている。

① はウクライナのハンガリー系住民(マジャール人)政策への批判だ。ところで、オルバン首相はなぜ突然、2017年の少数民族の言語の権利に関する法律を持ち出して、ロシアと戦争中のウクライナを批判し出したのだろうか。そして「ハンガリーは今後、ウクライナ側が政策を変えない限り、国際政治上、ウクライナを支援しない」と脅迫しているのだ。

オルバン首相がハンガリー・ファーストを標榜する政治家であることは良く知られているが、米国、欧州連合(EU)加盟国が結束してウクライナへの支援を実施している最中に、2017年の法律を持ち出してウクライナを批判するだけではなく、支援しないと警告を発しているのだ。

② の場合、オルバン首相がスウェーデンのNATO加盟の批准を迅速に取り扱わないという声明だが、理由が希薄だ。トルコがスウェーデンのNATO加盟を急がないのは、クルド労働者党(PKK)活動家へのストックホルムの対応が甘いことへの反発があるが、ハンガリーの場合、理由が明確ではない。ただ、オルバン政権へのEU加盟国の批判を理由に挙げているが、スウェーデンを名指しで批判する特別の理由は見当たらない。

以上、上記の2つの外電の背景を考える時、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロの手助けは無用だろう。上記の2つのニュースで最も喜ぶ国、人間はロシアのプーチン大統領だ、という結論が容易に生まれてくるからだ。

EU加盟国のハンガリーがウクライナを批判することで、EUの結束を揺るがすことになる。また、北欧スウェーデンのNATO加盟が遅れることはプーチン氏にとって朗報だろう。要するに、オルバン氏の25日の発言はプーチン氏を喜ばすニュースであったことは疑いないのだ。オルバン首相が事前にプーチン大統領と連携して今回の発言をしたとは思わないが、プーチン氏の意向に沿った発言だといえる。

それでは、オルバン氏にはプーチン氏を喜ばせたい事情があるのだろうか。ハンガリーはウクライナ戦争後も安価のロシア産ガスの輸入を続けている。同国はまた、昨年4月7日、首都ブダペスト南方にあるパクシュ(Paks)原発への核燃料をロシアから空輸している。要するに、ハンガリーは石油、天然ガスばかりか、原発とその核燃料もロシアに依存しているのだ。

ハンガリー・ファーストのオルバン首相はウクライナ避難民の救助など人道的な支援は行うが、それ以外のEUの軍事支援、武器供給を拒否し、EUの対ロシア制裁を拒んでいるわけだ。換言すれば、プーチン氏を怒らせたくはないのだ。

だから、オルバン首相は、「EUの対ロシア制裁はロシアよりEU加盟国の国民経済を一層損なうだけだ」として反対の立場を取ってきた。ちなみに、ゼレンスキー大統領は、「オルバン首相はEUの結束を崩すロシアの共犯者だ」と批判している。

オルバン首相は、EUの本部ブリュッセルからは「民主主義と法の遵守」を求められ、「言論の自由に反する」として制裁を科せられているが、プーチン大統領とは友好関係を維持し、中国とは経済関係を深めている(「ハンガリーの中国傾斜は危険水域に」2020年4月30日参考)。

EUは現在、ハンガリー向けに割り当てられた約300億ユーロのEU資金をブロックしているが、これには新型コロナウイルス復興基金からの援助と優先融資の120億ユーロが含まれる。EUは「ハンガリーの司法機関と監督機関はEU資金を正しく運営することを保証する十分な独立性を持っていない」と受け取っているからだ。

ハンガリーは2024年7月1日、EUの議長国に就任する。任期は半年間だ。欧州議会は6月1日、ハンガリーのEU議長国に反対する決議案(全619票)を賛成442票、反対144票、棄権33票の賛成多数で採択した。同決議案は法的拘束力はないが、「象徴的な意味合いがある」という。EU加盟国ではハンガリーに対して不信感が強いわけだ。口の悪い人は「ハンガリーがまだEU加盟国に留まっていること自体、不思議だ」という。

いずれにしても、オルバン首相の25日の発言を聞けば、「ハンガリーがロシアの情報工作の手先となっている」といった憶測さえ生まれてくるのだ。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。