ブラックホールの滝を観測する

なぜブラックホールの滝を捉えるのが困難なのか?

主な理由は放出される電磁波(光)の弱さにあります。

「安定した円軌道の最内端(ISCO)」や「ブラックホールの滝」から発せられる電磁波(光)は降着円盤の他の部分とくらべると比較的少ないため、遠い地球からは十分なデータが得られなかったからです。

しかし理論上2つの手段がありました。

1つは少ない電磁波(光)でも、検知できる高精度な望遠鏡を用意することです。

2つ目は降着円盤そのものに大量の物体が流れ込めば、検知可能なレベルまで電磁波(光)が増加しているブラックホールを探すことです。

今回の研究では2つ目、すなわち今現在、大量の物体を吸い込んでいるブラックホールを探し出し、観察する方法がとられました。

対象となったのは「MAXI J1820+070」と呼ばれる比較的小型なブラックホールでした。

今回の研究対象となったブラックホールは近くの伴星の物質を盛んに吸い込んでいるます
今回の研究対象となったブラックホールは近くの伴星の物質を盛んに吸い込んでいるます / Credit:Canva

このブラックホールは近くの恒星から大量の物体を吸い込んでおり、降着円盤は分厚く、さらに高熱で大量の電磁波(光)を発しています。

つまり今現在お食事中のホットなブラックホールというわけです。

研究者はこのブラックホールに対して集中的な観測を行い、得られた電磁波(光)のデータを分析しました。

するとこのブラックホールから得られた電磁波(光)は、通常の回転しているだけの降着円盤から得られるはずがない、余計な電磁波(光)が含まれていると判明。

そこで研究者たちは、この余計な電磁波(光)がどこからやってきたかを、シミュレーションなどを参考にして調べてみました。

すると驚くべきことに、余計な部分の電磁波(光)は「ブラックホールの滝」部分から発せられている場合に、最も一致していることが発見されました。

先に述べたように「ブラックホールの滝」部分は物体が最後の抵抗ライン「安定した円軌道の最内端(ISCO)」から内側に引き込まれ、ブラックホールに向けて真っ逆さまに落ちていく領域です。

ISCOの内側と外側の両方において物体が流れていく様子。ISCOの位置は黒の破線で示しています。
ISCOの内側と外側の両方において物体が流れていく様子。ISCOの位置は黒の破線で示しています。 / Credit:Andrew Mummery et al . Continuum emission from within the plunging region of black hole discs . Monthly Notices of the Royal Astronomical Society (2024)

このような滝部分では物体は回転しながら、ほぼ光速に近い速度で落下していくため、発せられる電磁波(光)の多くもブラックホールに吸収されたり、強い重力のせいで波長が引き延ばされて電磁波(光)としてのエネルギーを弱められてしまします。

しかし大量の物体を飲み込んでいる最中には、滝部分から発せられる電磁波(光)の絶対量も増えるため、検出も可能になったのです。

(※飲み込まれる速度は光速に近いものの、依然として光速を超えていないため、そこから発せられる電磁波(光)はブラックホールの外側へ飛び出ることができます)

研究者たちは「新たに発見された「ブラックホールの滝」は、降着円盤に対する理解を一新する」と述べています。

これまでのブラックホールに対する観測や分析は、ブラックホールの滝の存在を無視して行われてきたからです。

また現在開発中のブラックホールを撮影することを目的にしている「アフリカミリ波望遠鏡」を使えば、降着円盤だけの画像ではなく、滝部分を含むブラックホールのよりドラマチックな映像を得られると期待されています。

近い将来、より鮮明なブラックホールの姿が新聞の紙面を賑わせることになるでしょう。

参考文献

First proof that “plunging regions” exist around black holes in space

元論文

Continuum emission from within the plunging region of black hole discs

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。