視聴者側からするとそれまで精力的に更新をしていたのに急にやめたので、「もしかして病気や家庭の事情など、何かしらの不幸に見舞われたのか?」と思いがちだが、多くの場合「慢心」で説明ができる。つまり、ある程度の規模になったことに満足し、過去の自分を超え続ける活動に疲れて更新を止めてしまったのだ。簡単にいえば飽きてやめてしまうのだ。

また、経営者でも似たような話は聞く。年収は3000万円を下回らない規模で安定、参入障壁が非常に強い業界で強力なライバルもやってこない。会社は自分がいかなくてもまわる仕組みがある。こうなると、もうあくせく頑張りたい欲求を刺激するものがなくなってしまう。結果、次第に会社に足が遠のいてしまうのだ。

年収はこれ以上上げても欲しいものは何も無い。承認欲求もとっくに満たされている。でも実はこれまで頑張って育ててきた事業は一生涯かけてやりたいものではなかったので、「もう十分かな」とある程度の成功で慢心が始まってしまうという話だ。こうした人達は会うたびに「何か面白いことない?」が口ぐせで、強い刺激に飢えているが自分で新たに何かを始める気力は枯渇しているという感じである。

目標がなくても頑張れるのが本物

自分はいろんな仕事をやってきた。今続けている仕事以外にも手を出してみて、まったくうまくいかずに撤退したものもあれば、かなり手応えがあって売上も作れたが、なんとなくこのまま続けたいとは思えなくて結局やめたものもある。

そして現在、やっている仕事はすべて目標はない。売上をこれだけ作りたいとか、数値目標でここまで目指したいとか、人から称賛されたいという欲は無い。ただ楽しいから続けている、そういう仕事だけが手元に残ったのだ。

この経験から言えることがある。それは人間にとっては2種類の仕事があるということ。1つ目は目標を叶えるための手段としての仕事、もう1つが仕事そのものが楽しいケースだ。