先進国最低レベルと言われる日本の最低賃金。「生活保護費」よりも低いケースもあるようです。詳細を確認してみましょう。
2021年10月時点の最低賃金の最高額と最低額
まず、令和5(2023)年の最低賃金最高額と最低額(時給換算)をご覧ください。
最高額:1,113円(東京都)
最低額:896円(徳島県・沖縄県)
全国加重平均額:1,004円
なお、お隣の韓国では最低賃金が9,860ウォン=約1,080円(2024年)とのことなので、先進国でもかなり低い水準にあることは何となくわかるでしょう。
生活保護費は市町村により異なる
本格的に話を進める前に、ここで生活保護費について基本的な部分を解説しましょう。生活保護とは国や自治体が「健康で文化的な最低限度の生活」を営むために、一定の条件に基づいて対象となる国民に対し、最低限度の生活費が足りない場合に不足分を支給する制度です。
支給される不足分のことを生活保護費と言いますが「何に使うか」によってもさらに細かく、以下の8つに分類できます。
● 生活扶助:日常の生活費
● 住宅扶助:家賃や共益費
● 教育扶助:子どもの学級費、給食費
● 医療扶助:病気、けがをした場合の治療費
● 介護扶助:介護サービスの利用費
● 出産扶助:分娩に関する費用
● 生業扶助:生活するために技能を習得する際の費用(高校などへの進学費用も含む)
● 葬祭扶助:葬儀にかかる費用
このうち、給付額の大半を占めるのが生活扶助と住宅扶助です。地域によって家賃や生活費は異なる以上、これらの金額も市町村によって異なります。例えば、住宅扶助の上限額は3万円台前半~6万円台後半といったところですが、世帯人数や後述する「加算」によって金額に幅があるのが実情です。
生活保護費が最低賃金を上回る可能性があるのは子育て世帯
一定の条件を満たす人が対象となる「加算」は複数ありますが、多くの世帯が対象となるのが「児童養育加算」と「母子加算」です。
18歳までの子どもがいる世帯が対象となる児童養育加算は、子ども1人あたり1万190円です。また、一定の条件を満たす子育て世帯が対象の「経過的加算」や「母子加算」もあります。
そのことから、「生活保護費が最低賃金を上回る可能性があるのは子育て世帯」 との仮説が立てられます。
検証:子育て世帯の生活保護費は本当に最低賃金を上回るのか?
子育て世帯の生活保護費は、最低賃金を10万上回る可能性があることがわかりました。
前述したように、子育て世帯の場合、さまざまな加算があるため、生活保護費が最低賃金を上回ることは十分に考えられます。その仮説を検証すべく、自治体(今回は北海道札幌市)が示しているモデルケースを用いてシミュレーションを行います。
まず、シミュレーションに当たっての条件は以下の通りです。
● 母(32歳)、子ども(9歳と4歳)の3人家族
● 1ヵ月の労働時間は160時間(8時間×20日)とする
1ヵ月あたりの生活保護費の内訳は以下のようになります。
生活扶助 | 14万8,100円 ※第1類(個人ごと)、第2類(世帯ごと)の 合計額かつ特別加算あり |
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加算 | ・母子加算:2万3,600円 ・児童養育加算:2万380円 ・冬季加算:2万620円 |
教育扶助 | 3,680円 |
住宅扶助 | 4万6,000円 |
合計 | ・夏季(5~9月):24万1,760円 ・冬季(10月~翌4月)26万2,380円 |
北海道の最低賃金時給960円(令和5年度)で月160時間働いた場合に得られる月収15万3,600円と比べると、大幅に上回っている計算になります。
実際に上回るかどうかは、住んでいる地域や個々の状況にもよりますが、少なくともモデルケースを見る限りではまったくの間違いではなさそうです。
最低賃金はなぜ上がらないのか
日本の最低賃金が欧米諸国レベルに上がらない原因として、「政府による賃金と物価連動によるサポートがないこと」 も課題として挙げられています。定額減税など臨時の処置がとられていますが、それだけでは物価高対策になりません。
本来、賃金が高ければ従業員は一生懸命仕事をし、会社にとどまろうとします。また、応募する側にとっても魅力的なので、競争が起きて優秀な人材が集まるはずです。このように、賃金を上げることには一定のメリットがあるのに日本ではなかなか賃金が上がらないという問題の背景には以下のような理由が考えられます。
● 景気の悪化などで一度上げた賃金を再び下げることによる人材流出が怖い
● IT化の遅れや国内取引が中心であることなどの理由で労働生産性が低い
● 賃金が上がらなくても意外に労働者は転職していない
● 企業が従業員に研修を受けさせるなどスキルアップの機会を十分に与えていない
● そもそも資金量が潤沢でなく賃上げをできるだけの余力がない
最低賃金が大きく上がらない限り少子高齢化は加速する
最低賃金を大きく上げることは、少子化対策という点でも理にかなっています。少子化が起きる原因のひとつに「結婚・育児に対する経済的負担」があるからです。
簡単にいうと「お金がないから結婚も子育てもしたくない(できない)」という人が増えているということです。結婚にも子育てにもお金がかかる以上、少子化を食い止めるには最低賃金の引き上げは不可欠と言えるでしょう。
文・荒井美亜(金融ライター/ファイナンシャル・プランナー)
立教大学大学院経済学研究科を修了(会計学修士)。税理士事務所、一般企業等の経理を経験して現在は金融マネー系ライターとして活動中。日本FP協会の消費者向けイベントにも講師として登壇経験あり。
(2024年07月01日公開記事)