昨年8月にJR東日本が発行する交通系ICカード「Suica(スイカ)」の販売が一時停止となってから1年が経過したが、いまだに販売が再開されていない。JR東日本は当初、2024年春ごろの販売再開を目指すとしていたが、販売停止の長期化の背景には何があるのか。JR東日本は「モバイルSuica」への移行を狙っているのではないかという見方も一部にはあるが、そのような思惑があると考えられるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 Suica、およびJR東日本と私鉄各社などが出資する株式会社パスモが発行する「PASMO」の無記名カードの販売が中止されたのは昨年6月8日のことだった。同年8月2日には記名式カードも発売が中止となった。なお、訪日外国人向け、定期乗車券用、小児用、障がい者用の販売は継続しており、カード障害や紛失時の再発行サービスも継続している。

 JR東日本は販売停止の理由について、世界的な半導体不足によりカード製造に必要なICチップの入手が困難になっているためだと説明してきたが、すでに世界的に半導体の供給網は正常化しているとされる。Suicaと同じく半導体を利用するICチップを搭載するクレジットカードやマイナンバーカードなどは現在でも大量に発行され続けており、SuicaやPASMO以外の半導体搭載カードでは、交通系ICカードを含めて目立った販売中止は起きていない。

 SuicaとPASMO特有の要因としては、日本の通信規格「FeliCa(フェリカ)」を採用している点があげられる。8月2日付「日本経済新聞」記事によれば、フェリカ対応の半導体を製造する大手メーカーがほぼ1社となり、供給の回復が遅れているという。

「そもそもフェリカは日本独自の規格なので、海外市場での販売が見込めず市場が小さい。製造するメーカーが1社しかないのなら自ずと供給量は限られるし、日本独自規格で発行枚数も限られるとしたら、価格は高くなる。経済合理性の観点からみると、カード式のSuicaというのは継続に限界があるということになる」(半導体業界関係者)

十分な在庫の確保が必要

 販売停止の長期化の理由について、鉄道ジャーナリストの梅原淳氏はいう。

「今後の状況についてJR東日本によると、『製造メーカーからは半導体の不足は改善しつつあると聞いております。今後、Suicaカードの在庫状況が改善し次第、(カードタイプの)Suicaの発売を再開する予定です』とのことだ。すでに他の業界では半導体不足は解消に向かっているのに、なぜと思われるが、十分な在庫が確保できていない状態で新規発行を再開してもすぐに中止となる可能性があり、利用者にはかえってご迷惑をかけてしまうからだという」

 JR東日本は24年度からQRコード改札を順次本格導入している。切符予約サービス「えきねっと」で乗車券を予約する際に「QR乗車」を選択できるようになり、チケット購入後、専用のモバイルアプリ上に表示されたQRコードを対応改札に読み込ませることで通過でき、在来線だけでなく新幹線も乗車できるという。そうした流れから、JR東日本としては、このままSuicaカードの新規発行を終了させ、QR乗車やモバイルSuica等に全面移行させたいという意向を持っているのではないかという見方もある。

「現在、JR東日本はカードタイプのSuicaのほか、モバイルSuicaといったアプリタイプのSuicaを用意している。カードを確保する手間が省けるので、JR東日本はアプリタイプのSuicaへと全面移行するのかと考えたくなってしまう。しかし、いま挙げたようにカードタイプのSuicaがいずれ発行再開となるので、今のところは全面移行とはならないと考えてよい。

 なお、カードタイプのSuicaとモバイルSuicaとでは各種のポイント還元率が異なる。たとえば、JRE POINT WEBサイトに登録したSuicaの入金残高で在来線に乗車したときなどに得られるポイントは、カードタイプのSuicaでは200円ごとに1ポイントであるのに対し、モバイルSuicaでは50円ごとに1ポイントと還元率が高い。カードを発行する手間分の差ともいえるのだが、JR東日本がモバイルSuicaに完全に移行させようとしているのかどうかは何ともいえないであろう」(梅原氏)