効果的な財政支出を実現するための方策

 こうしたなか、日本政府はこれまで財政健全化目標として2025年プライマリーバランス(以下、PB)の黒字化と債務残高対GDP比の安定的引き下げを掲げてきた。しかし、今回紹介した財政政策の適温理論に基づけば、日本の財政健全化目標も国際標準に近づけていくことが必要だろう。

 事実、マクロ経済学の世界的権威であるオリヴィエ・ブランシャール氏は、低金利・高債務下の正しい経済戦略として財政課題について分析しており、その成果がまとめられた書籍が「21世紀の財政政策」として日本経済新聞出版社から出版されている。これによれば、日本経済は慢性的な民間需要の低迷により過剰貯蓄の状況にあるとしている。そして、GDPを潜在水準に維持するために必要な中立金利が経済成長率よりも低くなり、実効下限制約に直面していると主張している。

 そして、中立金利が経済成長率よりも低くなると、債務のコストが財政面でも厚生面でも低下するとしている。実際、中立金利が実行下限制約によってもたらされる最低限よりも低水準になると金融政策はその余地を大幅に失い、マクロ安定化に対する財政政策活用の有効性が高まるとしている。このため、ブランシャール氏は財政政策について「純粋財政」と「機能的財政」のアプローチがあるとしている。そして、金融政策によってGDPを潜在水準に維持できる状況で政府債務が大きければ、「純粋財政アプローチ」により政府債務の縮小に焦点を当てるべきとしている。

 一方、長期停滞により金融政策の余地が大幅に失われている想定の中では、マクロ経済安定化のために財政政策に焦点を当てる「機能的財政アプローチ」が望ましいとし、民間需要の強さに応じてそれぞれのアプローチの適切に組み合わせるべきとしている。そしてこの考え方から、中立金利が少なくとも実行下限制約を妥当な幅で上回り、金融政策が生産を維持するのに十分な余地を持てるように財政政策を用いるべきとブランシャール氏は主張している。

 そうであれば、日本は中立金利が実行下限制約を上回ることを確実にするために、金融緩和と同時に効果的な財政政策を推し進めなくてはならないことになろう。しかし、大胆な金融緩和は継続しているものの、財政政策のほうは経済規模の拡大を上回る税収の増加と国民負担率の上昇により、むしろブレーキがかかっている状況である。

 一方で、近年のアメリカでは「モダン・サプライサイド・エコノミクス=MSSE」をはじめとした成長戦略としての財政政策が重要であるとの考え方が展開されているが、残念ながら日本については、相対的に財政政策の重要性が議論されることは少ない。このため、日本経済を念頭に展開される海外の主流派経済学者の長期停滞に対する処方箋は、今後の日本の財政政策を考える上でより一層重要なものとなるだろう。

(文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト)

<参考文献>
Atif R. Mian Ludwig Straub Amir Sufi「A GOLDILOCKS THEORY OF FISCAL DEFICITS」(2022年、NBER Working Paper)
オリヴィエ・ブランシャール『21世紀の財政政策』(2023年、日本経済新聞出版)

提供元・Business Journal

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