「単細胞生物のラクリマリア」が異常に伸びる仕組み
ラクリマリア(L.olor)」の首はなぜあんなに伸びるのか?
謎を確めるためスタンフォード大学の研究者たちは顕微鏡と生体画像を組合わせてラクリマリアの外部構造と細胞内にある微小管と呼ばれる細胞骨格を調べました。
(※細胞骨格とは文字通り細胞の骨組みであり、細胞が特定の形をとれるように支えとして使っているフィラメント状の部品です)
するとラクリマリアの細胞膜が15のひだに折りたたまれており、各ひだは細胞をらせん状に巻き付くように配置していることが判明しました。
さらに各ひだには微小管と呼ばれる細胞骨格が巻き付いていました。
研究者たちはこの構造をみて最初「ヘビのとぐろ」あるいは「古い電話機のネジネジしたコード」のような仕組みがあるのではないかと考えました。
「ヘビのとぐろ」や「古い電話機のネジネジしたコード」も類似のらせん構造をしており、引っ張りに対して伸びることができます。
しかしラクリマリアを実際に引っ張ったり戻したりしても、そのような兆候はみられませんでした。
ですが研究チームが日本に旅行に行った際、紙で作られた折り畳み式の提灯をみたことが大きなヒントになりました。
ラクリマリアに見えたらせん構造は「ヘビのとぐろ」や「古い電話機のネジネジしたコード」ではなく、むしろ紙でできた提灯(ちょうちん)や伸縮性のあるプラスチックストローのギザギザ部分のように「細胞膜が折りたたまれた部分ではないか?」と気づいたのです。
ただ普通の提灯やストローのひだと違い、ラクリマリアのひだはらせん状にねじれるように配置され、微小管もねじれに沿って配置されていました。
次に研究者たちはラクリマリアのねじれたひだ構造をオリガミを使って調べてみることにしました。
オリガミに使われている紙は簡単に曲がるがゴムのようには伸びないという点で細胞膜と性質が一致しています。
結果、ラクリマリアに似せて作ったオリガミ細工を引っ張っると、上手く伸びることがわかりました。
この結果からラクリマリアの首の伸びの秘密は、ゴムのように細胞膜が伸びていたからではなく、工夫されたねじれ構造にあったことが示されたのです。
15枚のひだのそれぞれが平行に移動するにつれて細胞膜が整然と展開することで首が伸び、そしてこのプロセスを逆にすると首が短くなるわけです。
また、ひだの中にある微小管(青の部分)は、ひだの展開がランダムではなく整然と行われるようにガイドレールの役目を果たしていることがわかりました。
(※研究者たちはこの仕組みを「ラクリガミ」と名付けました。)
しかし伸びかたが判ったとして、いったいどんな力が「伸び」の原動力となっていたのでしょうか?
研究者たちは、細胞の表面全体を覆う繊毛のリズミカルな動きが力の源となっていると述べています。
繊毛は多くの単細胞生物の表面を覆っている短い毛のような部位であり、協調して動くことで単細胞生物が水中で移動できるようにしています。
この繊毛はひだ部分にも豊富に存在しています。
研究者たちは、繊毛が規則的に動くことで、ひだの1枚1枚が伸長方向や伸縮方向に向かってズレていくと述べています。
細胞膜は伸びない代わりに非常に曲がりやすいため、必要なエネルギーはごく僅かで済みます。
今回の研究により、長きに渡って謎とされてきたラクリマリアの首の構造が明らかになりました。
研究者たちは細胞膜の役割をするオリガミと微小管の役割をするテープさえあれば、誰でも今回の実験を再現できると述べています。
ラクリマリアの首を伸ばす仕組みは単純であり様々な場面に応用が考えられるため、チューブを狭い空間内へ差し込む手段や、がん細胞などに直接薬を届けるためのバイオロボットの設計などで役立つかもしれません。
参考文献
Tiny predator owes its shape-shifting ability to “origami-like” cellular architecture
元論文
Curved crease origami and topological singularities enable hyperextensibility of L. olor
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。