日本の俗信・迷信と呼ばれるものの中でも、「北枕で寝てはいけない」というのは非常に有名だろう。日本において「北枕」は、通常「死」を連想させるものとして縁起の悪いことと認識されている。

 北枕という概念が誕生したのは、釈迦がきっかけであると考えられている。釈迦が齢80となった頃、旅の途中で体調を崩した。この時、頭を北に、顔を西に、右脇を下にして横になり亡くなったと言われている。この時の釈迦の姿勢は、「頭北面西右脇臥」(ずほくめんさいうきょうが)と呼ばれている。インドにおいては、故郷の方角に頭を向けて寝る習慣があり、釈迦の亡くなった村から故郷のカピラヴァストゥが北にあたったことが、北に頭を向けて寝る姿勢になる要因となったわけだ。

 釈迦が北に頭を向けて亡くなったということから、葬儀にて死者の頭を北に向ける、すなわち北枕にすることは釈迦と同様に極楽浄土へ行けるようにとの願いを表すものとなった。だが、日本においてはそこから「死者」=「北枕」という印象へとつながっていき、生者が北枕で寝ることは死を表し縁起が悪いという風に変化していったというのだ。

 これ以外にも、北枕で寝ることは良くないとする理由として、北風の影響が上げられることがある。かつて日本家屋は木造が定番であり、北から冷たい隙間風が入ることが多かった。北風の吹いて来る方へ頭を向けて寝ることは、一晩中寒風を頭に受けることとなり、結果として風邪を引きやすくなってしまう。これは、北枕に対するかなり物理的な根拠であると言えるだろう。

 さて、一方で北枕は良いという捉え方が現代では主流になってきているとの話もある。例えば、地球の磁場にも関わるものがあり、これは北枕が地球の磁力線に沿って寝る状態となることから、血行が良くなり、披露も回復し、目覚めも最適となる効果があると言われている。風水の分野においても北枕は良いとされており、北は「水」を表すことから悪しきものを洗い流す(浄化する)ことを表すため、北枕は運気の良いものであるとの解釈もある。現在では、先の磁力も関連してか健康運、そしてなんと金運もアップすると各所で語られるようになっているようだ。

 因みに、北枕は陰陽五行に関係しているとの説もある。北の方角は、十二支のうち「子」を示すが、子は十二支の始まりを表していることから陰陽を一つにするもの、新旧交代を意味していると言われている。古代中国において、死とは陽の「魂」と陰の「魄」がバラバラになってしまう状態とされ、この魂魄を一つにまとめるための場所が宗廟、すなわち墓であった。

 つまり、子の方角(北)を向いて死者を寝かせることは、バラバラとなった魂魄を一つにまとめ、再生を記念するという霊魂観に基づいた行ないであるというのである。なお、先にも触れたが北は「水」を表しているため、墓に水をかけるという行為もこの魂魄を一つにするためのいわばまじないであると考えられている。

 とはいえ、日本で語り継がれた北枕の俗信からすると、そのような意味合いでさえ、単純に『死』と関連してしまうことそれ自体が日本人にとって忌避の心持を呼び覚ましてしまうようである。その点、現代人からしてみれば、方角に基づく縁起や運気よりも安眠が可能か否かが切実な問題となっているかもしれない。

【参考記事・文献】
吉野裕子『カミナリさまはなぜヘソをねらうのか』

【本記事は「ミステリーニュースステーション・ATLAS(アトラス)」からの提供です】

文=黒蠍けいすけ(ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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提供元・TOCANA

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