【クルマ物知り図鑑】トヨタ初のショー出品プロト。来場者の視線を釘付けにした1961年トヨペット・スポーツXの華麗世界
(画像=1961年の第7回全日本自動車ショーに参考出品された「トヨペット・スポーツX」はエレガントな印象の2ドアクーペだった。ヘッドライト上部に配置したウインカーが個性的な表情を演出する、『CAR and DRIVER』より 引用)

トヨタ初のプロトタイプ、スポーツXの衝撃

 1961年の全日本自動車ショー(ジャパンモビリティショーの前身)のトヨタ・ブースは、開催期間中、いつも熱気に包まれていた。スタイリッシュな2ドアクーペ「トヨペット・スポーツX」が展示されたからである。

 その年のトヨタ・ブースの主役は、発売されたばかりの大衆車「パブリカ」のはずだった。しかし来場者は「現実的な憧れ」よりも「夢の存在」に飛びついた。上品なダークブルーマタリックに塗られたトヨペット・スポーツXの前には、いつも幾重もの人垣ができていたという。ちなみに現在はモーターショーにプロトタイプを出品するのは一般的だが、1961年当時は異例のこと。トヨタにとってモーターショーへのプロトタイプの出品は、このトヨペット・スポーツXが初めての経験だった。

【クルマ物知り図鑑】トヨタ初のショー出品プロト。来場者の視線を釘付けにした1961年トヨペット・スポーツXの華麗世界
(画像=『CAR and DRIVER』より 引用)
【クルマ物知り図鑑】トヨタ初のショー出品プロト。来場者の視線を釘付けにした1961年トヨペット・スポーツXの華麗世界
(画像=『CAR and DRIVER』より 引用)

 トヨペット・スポーツXは、最高出力は130ps、トップスピードは180km/hが目標という以外はボディサイズを含め、車両スペックのいっさいを公表しなかった。しかし残された写真から判断するとクラウン、それも翌1962年にモデルチェンジするR40型をベースにしたスペシャルモデルと推察された。

 R40型クラウンは新設計のX型フレームの採用で低くスマートなシルエットを実現したが、スポーツXはそれを先取りしていた。サスペンションもR40型と同様で、フロントがダブルウィッシュボーン式、リアにはコイルばねを持つトレーリングリンク式が組み合わされていた。

伸びやかなイタリア調ルックはエレガントな印象

 スタイリングは、当時流行のイタリアンラインでまとめられていた。伸びやかなシルエットは、ミケロッティがデザインしたスカイライン・スポーツ(1960年発表)にも似た印象で、縦型リアランプを配置したリアエンドにはピニンファリーナ・デザインの影響も見受けられる。トヨタはデザイナーの名前を明言しなかったが、トヨタ社内デザイナーと、実際にボディを製作した関東自動車工業のデザイナーの合作と受け取るのが順当のようだ。

【クルマ物知り図鑑】トヨタ初のショー出品プロト。来場者の視線を釘付けにした1961年トヨペット・スポーツXの華麗世界
(画像=『CAR and DRIVER』より 引用)
【クルマ物知り図鑑】トヨタ初のショー出品プロト。来場者の視線を釘付けにした1961年トヨペット・スポーツXの華麗世界
(画像=『CAR and DRIVER』より 引用)

 4灯ヘッドランプを配置したフロントマスクや、サイドにくっきりとキャラクターラインを入れた面構成に、クラウンR40型と共通するテイストが漂っているからだ。強い印象を与えるボンネット上にレイアウトしたウインカーにしても、1971年に登場する4代目のクラウン(MS60&70型)への採用の萌芽と受け取れる。ちなみにトヨタは1960年に登場した2代目スタウト(小型トラック)にもボンネットマウント型のウインカーを採用していた。ウインカー形状で個性を表現する手法は、当時のトヨタデザインの得意技といえた。

 全体的にスタイリングのまとまりはよく、ぐっと長く伸びたノーズなどは当初から6気筒エンジンの搭載の搭載を考慮したものと考えられた。サッシュレス構造のフロントドアも、いち早くコロナにハードトップを実現するトヨタらしさが現れていた。

【クルマ物知り図鑑】トヨタ初のショー出品プロト。来場者の視線を釘付けにした1961年トヨペット・スポーツXの華麗世界
(画像=『CAR and DRIVER』より 引用)

 インテリアは、シートを含めすべてを本革で仕上げた豪華仕様。職人の技と美意識が印象的な仕上がりだった。残念ながらスポーツXは、モーターショーに登場しただけで、市販モデルに発展することもなかった。しかしそのデザインエッセンスは、多くのトヨタ車に生かされていく。

 コンセプトカーの使命を「市販車を先取りする存在」と考えると、大いに意味のあった習作である。