しかしバイデン大統領にとって最近、もっとも痛烈な打撃となったのは、2月5日に公表されたロバート・ハー特別検察官によるバイデン氏の機密書類違法持ち出しに関する捜査報告書だった。この公式の報告書はバイデン氏には重大な記憶力の衰えがあると指摘したからだ。
歴代政権の司法省幹部やメリーランド州の司法長官を務めたベテラン検事のハー氏は、バイデン政権のメリック・ガーランド司法長官に昨年1月にバイデン大統領の秘密書類違法持ち出しの疑惑を捜査するための特別検察官に任命された。バイデン氏に対しては、オバマ政権の副大統領を辞任した2017年1月の時点でホワイトハウスの安全保障に関する秘密書類を勝手に持ち出し、自宅や民間のオフィスに違法に保管していた証拠が判明し、同司法長官はハー検察官による刑事事件の特別捜査を命じた。
バイデン氏の秘密書類持ち出し事件もトランプ前大統領が同種の疑惑でフロリダ州で起訴されたのに対して、日本の主要メディアなどでは詳しく報じられることはほとんどなかった。だがホワイトハウスや国家安全保障会議のアフガニスタン戦争や中東地域でのテロに関する秘密書類が、民間人となったバイデン氏の自宅や事務所で発見されたことは事実だった。この事件の特別捜査をハー検察官をトップとする専門班が命じられたのだった。
この捜査はちょうど1年余りをかけて、この2月冒頭に終了した。その総括として合計300ページを越える報告書が発表された。その骨子は、バイデン氏には秘密書類を秘密と知り、その持ち出しは規則違反と知りながら、意図的に持ち出しを実行した事実があり、刑法に違反する行動があったと断定しながらも、バイデン氏を起訴はしない、という内容だった。
だがバイデン氏側にもっとも痛烈な打撃となったのは、報告書が上げるその「起訴しない」という理由だった。
報告書はその理由として、「バイデン氏は同情すべき高齢の記憶力の衰えた人物」だという点を強調していたのだ。そうした記憶力の貧弱な人物がたとえ秘密書類の違法取得の罪で起訴されても、その起訴が有罪か否かを決める陪審員に有罪だと判断させることは難しい、とも報告書は明言していた。要するにバイデン氏は記憶力が貧弱で衰退しているから起訴しても有罪にはならないだろう、という判断なのだった。
報告書はハー検察官らがバイデン大統領を昨年10月、この事件の捜査の目的で5時間も尋問したことを明らかにしていた。その尋問でもバイデン氏の記憶力の衰退は明らかで、同氏の長男が脳腫瘍で2015年に病死した際の月日を尋ねても、バイデン氏は記憶していなかった、と指摘していた。
この報告の意味は重大だった。司法長官の任命した特別検察官が1年余りの捜査の結果としてバイデン大統領の記憶が衰えている、という判断を公式に打ち出したからである。だからこそ一般の記憶力を有する人物であれば当然、起訴という措置をとるところを記憶力衰退という理由で不起訴にした、というのだ。
この判断は当然、民主党支援の主要新聞や主要テレビをも含めてアメリカの全メディアが大々的に報道した。最も激しい反発を見せたのは、当然ながらバイデン大統領自身だった。早速に記者会見を開いて「私の記憶力は衰えていない」と強調した。大統領側近の法律家集団もハー検察官宛に抗議の声明を送った。
だがそれでも「バイデン大統領の記憶力」という課題は、もともと欠陥があったところに公式と呼べる断定が下されたしまった格好となった。大統領としての記憶力は当然、統治能力の重要部分である。
バイデン大統領にとっては共和党のトランプ前大統領を相手にこれからまさに予備選の本番が展開するというこの時期に大きな打撃を受けたことともなる。
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古森 義久(Komori Yoshihisa) 1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年2月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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