悪魔粒子の検出は偶然の産物だった
京都大学らの研究者たちは以前から、まだ謎が多い固体中の電子の状態を、反射する電子で確かめようとしていました。
歩いている人にボールをぶつけても、それなりの速度でしか跳ね返ってきませんが新幹線に向けてボールを投げれば物凄い勢いで弾かれると予想できます。
同様に電子の反射する様子を分析することで、電子を当てた固体中の電子の状態を測定することが可能になるのです。
研究者たちはこの電子を使った測定を「ストロンチウム・ルテニウム酸化物(Sr2RuO4)」に対して行っていました。
このストロンチウム・ルテニウム酸化物は30年前にある条件下において超伝導が確認された物質ですが、なぜ超伝導が起こるのかは謎が多く、解明に至っていません。
超伝導を起こすには一般に物質を「冷やす」か「圧力をかける」という2通りの方法が用いられています。
物質を冷やしたり圧力をかけると、物質内部の原子や電子の挙動が変わり、運が良ければ電子が抵抗なく流れる超伝導状態を作れる可能性がありました。
ただ冷やしたり圧力をかけたりする方法はコストがかかるため、現在では複数の素材を組み合わせて原子配列を組み変えて、結果的に超伝導に導けるような手法が主流になっています。
かつての錬金術では異なる金属を組合わせることで金に変えることを目指しましたが、現在では異なる材料を混ぜて超電導体を作ることが目指されているのです。
そういう意味では超伝導体の探索は現在の錬金術と言えるでしょう。
話題になったLK-99も鉛と銅をベースにリン、酸素、硫黄を混ぜあわせ、超伝導体になれるかが検証されました。
ストロンチウム・ルテニウム酸化物はその成功した例の1つであり、柔らかく反応性が高いストロンチウム(原子番号38番)と硬いけど脆く粉末になりやすいルテニウム(原子番号44番)を混ぜることで、超伝導体としての性質を獲得しました。
またこの金属酸化物は高い電気伝導率と高温安定性をあわせ持つことから優れた電極の材料として有望であり、内部電子の動きを解明することが求められていました。
そしてこの物質に対して、先の方法で電子の状態測定を行ったところ「質量がない準粒子が存在する」という奇妙な結果が得られたのです。
実験にたずさわった1人であるフセイン博士は「最初はそれが何なのかまったくわかりませんでした」と述べています。
パインズの悪魔粒子については研究者の誰もが知っていましたが、あくまで理論上の存在に過ぎず、現実的な金属から検出できるとはこのとき誰も考えていませんでした。
しかし検出されたプラズモンは既知のどの粒子にも当てはまりませんでした。
そして徹底的な分析によって可能性を潰していった結果、唯一残ったのが悪魔粒子の可能性だけとなりました。
古の名探偵も「たとえ信じられずとも、不可能なものを全て消去して、最後に残った物こそが真実である」と述べています。
研究者たちは一転、検知された準粒子が悪魔粒子であると仮定し、検証実験を行っていきました。
すると、全ての証拠が、この検知された準粒子こそ悪魔粒子であると示していたのです。
また再現性を検証した実験でも、繰り返し悪魔粒子の検出に成功します。
さらに悪魔粒子特性についていくつか調べたところ、悪魔粒子の出現とともに電子の保持するエネルギーに変動が起きていることが判明しました。
研究者たちは現在、悪魔粒子が超伝導における重要な役割を果たしている可能性があるとして、悪魔粒子と超伝導の関連性について追跡調査を行っています。
もし両者の関係性が確認できれば、悪魔粒子を使ってより優れた超伝導体を作れるかもしれません。
また検出法が確立されたことで、ストロンチウム・ルテニウム酸化物以外の多くの金属にも、悪魔粒子を確認できるでしょう。
参考文献
Sr2RuO4での「パインズの悪魔」の観測 67年前に予言された金属の奇妙な振る舞いの発見
元論文
Pines’ demon observed as a 3D acoustic plasmon in Sr2RuO4