イスラエルの敵対勢力との戦い方が変わってきているように見えます。当初の構図は対ハマスでその拠点であるガザ地区を徹底的に攻撃し、学校や病院など攻めにくい施設の地下にある組織の拠点を叩き、一定の効果を上げたものの国際世論は反イスラエルの声で盛り上がってしまいました。

イラン・ハメネイ師とイスラエル・ネタニヤフ首相

一方、イスラエル北部はヒスボラによる攻撃で先日もゴラン高原のサッカー場への空爆で子供を含む犠牲者が出たことを受け、イスラエルの猛反撃が行われました。ただ、一般的には二面作戦は不利であるため、イスラエルとしては戦略変更に臨みつつあるのではと推察しています。

ガザ地区はほぼ壊滅状態といってよく、ハマスの拠点と幹部はまだ若干残っているかもしれませんが現地の勢力としては相当の衰えになっています。そこでイスラエルは既に一部の戦力を北に移し、対ヒスボラに重点を変えてきています。

一方、この数日で注目されたのが要人の暗殺や殺害であります。大きく報道されたようにハマスの最高指導者、ハニヤ氏がイランの新大統領就任式に出席後、宿泊先で暗殺されました。イスラエルは公式声明を出していませんが、シオニストの犯行とされます。シオニズムはユダヤ人国家建設思想の根源であり、一種の原理的思想と考えてよいのでしょう。問題はハニヤ氏がイラン新大統領の就任式の後、数時間でテヘラン郊外で殺害された点です。これはイランの情報当局に大穴があったとしか言いようがないのです。

私が見る限り今回の主役はイスラエル情報機関モサドがハニヤ氏の行動をほぼ完全に掌握していたとみています。ではなぜそれが起こりえたか、その可能性としてイランの情報機関の組織的分裂があった可能性が指摘されています。つまり同国の情報機関が複数に割れ、諜報部隊が分裂することで情報が錯綜しやすくなり、潜伏するモサドに漏れていた公算が高いのでしょう。

スパイ戦術は第二次大戦前に世界で極めて広く横行し、手法も高度化しました。ただ、当時から「スパイのスパイ」とか二重スパイといった「どこまで信じてよいかわからない」スパイ情報も数多くあり、逆にそれを分析する能力が本国にあったかどうかで天下分け目の合戦の勝敗が決まったりしました。日本の大本営は自らが送り出したスパイ情報の分析能力がほぼなく「お前、何言ってんの?」ぐらいで「大本営の方針はもう決まったのだ」として情報の握り潰しが頻繁に起き、それが判断の過ちにつながっていったのは周知の事実です。