バラノフォラでは記録的な遺伝子喪失が起きている
話をバラノフォラに戻します。
バラノフォラは他の寄生植物に比べて、宿主との融合が進んでいるのは先に話した通りです。
そこで今回、ブリティッシュコロンビア大学の研究者たちは、バラノフォラの遺伝子を調べ、失われている遺伝子の数を調べました。
結果、30%もの遺伝子が失われていると判明。
さらにバラノフォラと同じように宿主の細胞を自らの肉体の一部とする「サプリア」と呼ばれる寄生植物の遺伝子を調べると、こちらは40%近い遺伝子が失われていることが明らかになりました。
これまでの研究で、寄生植物の喪失遺伝子を調べた研究では、軽度の寄生植物は2~3%、中程度の寄生植物では6~7%、完全な寄生植物の場合でも13~15%の遺伝子しか失っていないことが知られています。
しかし宿主と融合する高レベルの寄生を選んだバラノフォラとサプリアは、それよりも遥かに多くの遺伝子を失っていたのです。
地球上には多くの寄生植物が存在していますが、花を咲かせる植物として30~40%もの遺伝子喪失は記録的と言えます。
また失った遺伝子がどんなものかを調べると、2種とも光合成や、窒素吸収、根の制御、花の制御など、植物としてやっていくのに必須なものが完全に失われていることが判明します。
バラノフォラとサプリアは植物としては遠縁であり、異なる「目(もく)」に分類されています。
「目(もく)」は生物の分類法の中では哺乳類など「類」の下にある段階であり動物の場合は「サル目」「ウサギ目」「ネコ目」「オポッサム目」などかなり大きな分類項目となっています。
違う植物が、寄生植物になったとたん、同じような遺伝子を失っていたということは非常に強い収束が起こっていることを示しています。
ただそうなると、気になる点が見えてきます。
バラノフォラは花を咲かせるための制御遺伝子を失っているのに、なぜ花を咲かせられるのでしょうか?
研究ではヒントとなる結果が得られています。
バラノフォラでは体の調整に重要な植物ホルモン「アブシジン酸(ABA)」の遺伝子が失われています。
しかし植物ホルモン(アブシジン酸)を検知する遺伝子だけは残っていたのです。
研究者はこの奇妙な状態は、バラノフォラが体の調節機構を宿主に委ねているからだと述べています。
宿主は自らの植物ホルモンで開花タイミングなどの体の調節を行っていますが、バラノフォラは宿主の植物ホルモンを検知することで宿主の体の調節機能に同期していると考えられます。
宿主が花を咲かせるタイミングと同期することができれば、いつ花を咲かせるかを制御する遺伝子を失っても問題ありません。
また研究者たちは宿主と生理現象を同期させることは、寄生植物にとっても利益となると述べています。
依存すればするほど有利になる。
遠い将来、寄生の果てにバラノフォラはどんな姿に変わっていくのでしょう。
多細胞から単細胞に、そして生命であることさえ辞めてしまい、宿主の細胞内で情報断片となるのか、それとも宿主との融合能力を強化して異形の生命体に進化するのか…
バラノフォラに属する寄生植物には現在、未知の仕組みで痛みや炎症、発熱に対して効果があることが報告されています。
尋常ならざる進化過程をたどり、植物として失うはずがない遺伝子を捨ててきたバラノフォラには、予想もできない薬効が眠っているのかもしれません。
参考文献
This parasitic plant convinces hosts to grow into its own flesh—it’s also an extreme example of genome shrinkage
元論文
Balanophora genomes display massively convergent evolution with other extreme holoparasites and provide novel insights into parasite–host interactions