西部馬脳炎ウイルス(WEEV)は3種類の受容体を認識できる
どんな変化が西部馬脳炎ウイルス(WEEV)に衰退をもたらしたのか?
謎を解明するため研究者たちは、過去1世紀の間に採取された西部馬脳炎ウイルス(WEEV)のさまざまな株を分析し、遺伝子と毒性の変化を調べました。
西部馬脳炎ウイルス(WEEV)も新型コロナウイルスのように、宿主細胞の表面にある特定の構造(受容体)を認識し、感染をスタートさせます。
しかし新型コロナウイルスが細胞表面にあるACE2という構造のみをターゲットにするのに対し、西部馬脳炎ウイルス(WEEV)はターゲットにできる構造を3種類(PCDH10、VLDLR、ApoER2)も持っていることが明らかになりました。
これまでの常識ではウイルスが感染開始のターゲットにする構造はウイルスごとに1種類だけだと思われていたため、この発見は研究者にとっても大きな驚きとなりました。
さらに各時代で採取された西部馬脳炎ウイルス(WEEV)の感染方法を詳しく調べてみると意外な事実が判明します。
まず1930年代から1940年代に多くの人や馬を死に至らしめたウイルス株はさまざまな生物の細胞をターゲットにすることができたことがわかりました。
しかし2005年に採取された現代のウイルス株は手広さが失われており、鳥類や爬虫類の細胞をターゲットにできるものの、人間を含む哺乳類の細胞を認識する能力を失っていることが判明しました。
先にも述べたように、ウイルスの感染能力はターゲットの細胞を認識することから始まります。
そして哺乳類の細胞を認識できないウイルスは、哺乳類に感染できません。
この結果は、北米において西部馬脳炎ウイルス(WEEV)は今でも自然界に存在するものの、人間や馬などの哺乳類を、主な感染対象にするのを辞めてしまったことを示しています。
実際、研究者たちが2005年に採取された現代版ウイルス株をマウスに接種させても病原性を示さなかったことが確認されました。
ウイルスが哺乳類から手を引いてしまった理由
現在の地球において哺乳類は最もありふれた種の1つとなっており、個体数も膨大です。
なのになぜ、北米の西部馬脳炎ウイルス(WEEV)は、哺乳類を主な感染源にするのを辞めてしまったのでしょうか?
研究者たちはその理由は複数あると述べています。
ですが第1の理由は、馬用ワクチンの普及であると言えるでしょう。
西部馬脳炎ウイルス(WEEV)が最も猛威を振るった時期、馬は今よりも遥かに重要な生物でした。
現代の道路は主に自動車のものですが、当時の移動手段は馬が頼りでした。
そのため人類は西部馬脳炎ウイルス(WEEV)に対して馬用ワクチンを開発し対抗しました。
(※一方2024年現在、FDAから承認を受けたヒト用の西部馬脳炎ウイルスワクチンは存在しません)
ワクチンが普及した環境はウイルスにとって好ましいものではなく、主な感染先を別の種に乗り換える圧力をうみだします。
第2の理由は、産業と農業の機械化です。
西部馬脳炎ウイルス(WEEV)が何度も流行した20世紀初頭では、産業や農業で馬が重要な役割を果たしており、どの農場にも馬小屋があって、多くの馬が密度が高い環境で飼われていました。
そして馬たちの傍には馬と密に接する人間がたくさんいました。
しかし産業や農業が機械化すると、馬そのものの需要が減り、馬と密に接する人間も減っていきました。
人間からすれば馬から機械への切り替えに過ぎませんが、ウイルスにしてみれば、北米のあらゆる地域で主な宿主たる馬が激減したことになります。
このような宿主の激減も、ウイルスにとっては宿主を別の種に乗り換える動機となります。
特に西部馬脳炎ウイルス(WEEV)は進化速度の速いウイルスであるため、環境の変化に敏感に反応できます。
そのため研究者たちは、西部馬脳炎ウイルス(WEEV)は認識する対象を変化させることで、人間や馬以外の種を宿主にしたと述べています。
では、人類はもう西部馬脳炎ウイルス(WEEV)に悩まなくてもいいのでしょうか?