暗黒酸素の発生源を探せ

研究者たちがまず最初に疑ったのは、微生物の存在でした。

近年の研究により、光が届かない環境に生息する細菌や古細菌などの微生物たちが、酸素を生成していることが明らかになってきたからです。

またそのような光がない場所で生産される酸素は通常の酸素と区別するため「暗黒酸素(ダーク・オキシジェン)」と呼ばれています。

そこで研究者たちは暗黒酸素が微生物に由来するかを確かめるために、密閉された区画に塩化水銀(HgCl 2:濃度1.1μM)を流し込みました。

塩化水銀は重金属の一種であり非常に高い毒性を持つことが知られており、海底の微生物たちの影響を容易に「排除」することが可能です可能です。

しかし驚いたことに、塩化水銀によって微生物が排除された場合でも、酸素濃度が同じように上昇することが明らかになりました。

この結果は、計測された酸素濃度の上昇が生物によらない現象であることを示しています。

そこで研究者たちは次なる候補として、海底に転がるゴツゴツとしたポリメタル・ノジュール(多金属団塊)に着目しました。

先に述べたように、この黒い塊は電池の材料となるマンガンや鉄、銅、ニッケル、コバルトを多量に含んでいます。

もし塊が電池として働いていれば、海水を水素と酸素に電気分解している可能性があります。

実際これまでの研究により、塊の周辺は塊がない部分に比べて、圧倒的に多くの生物が生息していることが知られています。

特に2013年に行われた研究では、大型動物の約半数は、塊の周囲でのみ発見されました。

海底で生活する生物たちが酸素供給を塊に頼っているとしたら、この結果は納得できます。

実際に塊の電圧を調べている様子
実際に塊の電圧を調べている様子 / Credit:Franz Geiger/Northwestern University

そこで研究者たちは塊を取り出して、表面に電圧が生成されているかを測定することにしました。

すると驚いたことに、塊の表面にはほぼ1ボルトの電圧がかかっていることが判明します。

日本で売られている標準的な単三電池の電圧が1.5ボルトであることを考えると、かなりの電圧であると言えます。

これまでの研究により、ポリメタル・ノジュール(多金属団塊)は魚の骨や歯など有機物や小石が核となり、周辺に金属が層状に形成されるパターンがあることが知られています。

このとき形成される層は木の年輪のような形状をしており、100万年で1ミリ程度という非常にゆっくりした速度で成長します。

また、各層にはそれぞれが異なる金属組成によって構成されており、たとえばある層ではマンガンが多く含まれ、別の層ではコバルトやニッケルが豊富に含まれている場合もあります。

一方、塊は多孔質であることも知られています。

そのため研究者たちは、適切な金属の層が露出している場合には電池として機能する可能性があると述べています。

実際、研究者たちが塊の表面積と酸素生成率を比較したところ、両者が相関関係にあることがわかりました。

現時点で、海底で作られる暗黒酸素が地球全体の酸素のどの程度の割合を担っているかは不明です。

ただ今後の海底採掘などによりポリメタル・ノジュール(多金属団塊)がとり尽くされてしまった場合、生物にとって生命線となる酸素供給源が失われてしまうかもしれません。

そのため研究者たちは、鉱業業界は深海採掘活動を計画する前にこの発見を考慮すべきだと述べています。

今回の研究対象となったクラリオン・クリッパートン地帯にあるポリメタリック・ノジュールだけでも今後数十年分の世界の電池需要を満たすのには十分です。

しかし1980年代に採掘された場所を調べてみたところ「細菌すら存在しなかった」ことがわかりました。

この結果は、海底の生態系においてポリメタリック・ノジュールが生命の多様性に決定的な役割を与えており、その喪失は海底の無生物化につながる可能性を示しています。

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参考文献

Deep-ocean floor produces its own oxygen
https://www.eurekalert.org/news-releases/1051740

元論文

Evidence of dark oxygen production at the abyssal seafloor
https://doi.org/10.1038/s41561-024-01480-8

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部