死者に副葬品を添えて死後の世界での安泰を祈願する風習は世界各地で見られる。古代中国では、こうした副葬される葬具は「俑」(よう)と呼ばれ、人や鳥獣などをかたどった人形が用いられていた。特に有名なものといえば、なんといっても秦の始皇帝陵で出土された兵馬俑(へいばよう)だろう。
兵馬俑は、1974年に中国陝西省の始皇帝陵の周辺で発見された。始皇帝陵の存在は古代よりすでに伝わっており、それまで幾度も調査が行われていたものの兵馬俑の存在は誰も知らなかったという。
ある時、村人たちが井戸を掘ろうとしていたところ、うち一人が何やら硬いものが鍬に当たったことに気付いて掘り返してみると、なんと人間と同じサイズの人形が出てきたというのだ。この発見は大々的に報道され、のちに人や馬をかたどった8,000体もの兵馬俑が発掘され、2007年には中国の5A級観光地(5Aは最高等級)と認定された。
この壮大な規模にも圧倒されるが、それと同時にこの兵馬俑にはある一つの驚くべき伝説が囁かれた。これら出土された兵馬俑から、剣や矢尻、弓の引き金など大量の青銅の武器が見つかっているが、そのいずれも保存状態がきわめて良好であったという。これを中国の研究者たちが、当時最先端であった組成マッピングと言われる分析を用いたところ、兵馬俑から採取した1つの破片からクロムの層が見られたのだという。
クロムは、車のバンパーや水道の蛇口などにサビ止めとしてメッキに使用されるものであるが、1930年代になってドイツで発明されたと言われているクロムメッキ技術が、はるか2000年以上前の古代中国で既に活用されていたのではないかと考えられたのだ。この兵馬俑のクロムメッキの剣は、古代の忘れ去られた技術「ロストテクノロジー」あるいは、その時代に存在しているはずのない「オーパーツ」などに類するものとして、伝説的に語られるようになった。
とはいえ、当然ながらこのクロムメッキの伝説については疑問を唱える声も少なくなかったことは確かである。本当に当時クロムメッキを施すほどの技術が存在していたのだろうか。実は、最新の研究結果においてこの伝説は誤りであったことが判明したのである。
2019年、マルコス・マルティノン・トーレス教授らチーム及び始皇帝兵馬俑博物館の研究が発表された。464点の青銅の武器を走査型電子顕微鏡によってX線分析をしたところ、クロムメッキによる防腐処理の痕跡はほぼ見られなかったというのだ。クロムの検出は確かに見られたものの、その多くは取手や握り部分あるいは鞘といった木製の取付具部分であり、それも天然塗料の成分としての含有のためメッキ目的ではないというのだ。
それでは、どうして錆びずに良好な状態のまま保存できたのだろうか。製造のスズ含有量が多かったなど要因はいくつか考えられているが、最も保存に寄与したのは土であったという。兵馬俑が発見された地域の土壌は適度なアルカリ性と少量の有機物質などが含まれており、それらが金属の腐食を防いでいたというのだ。作られた直後には水害や火災に見舞われながらも、2000年を超えて良好な姿で残ることができたのは、ひとえに地中に眠っていたからであり、その土のおかげだったのである。
不老不死を求めていたと言われる秦の始皇帝であるが、彼の死後を護るために埋葬された8,000もの兵士がこのような形で残されたのは、なんとも奇跡的なものを感じる思いである。
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文=ナオキ・コムロ(ミステリーニュースステーションATLAS編集 部)
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提供元・TOCANA
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