以前、いわゆる霊感商法の拠点となった、茨城県の廃寺、“詐欺寺”こと本覚寺をご紹介したことがあったが、とかく、廃寺の類というのは、現役の宗教系施設とは違い、どこか独特な雰囲気を醸し出しているものである。
茨城県の桜川市・石岡市の市境に跨るように位置する加波山は、その「カバサン」という、どこかのんびりとした山名が持つ響きとは裏腹に、標高709mと、茨城連山の中では筑波山に次ぐ高さを持つ山で、今なお加波山神社本宮があることからもわかるように、古くから山岳信仰の対象とされてきた、霊験あらたかなる聖地だ。とりわけ、この加波山は、社殿に施されている装飾に、天狗をあしらったものが散見されることからもわかるように、古くから付近一帯に伝わる天狗伝説にもちなみ、また、後年は近隣で煙草葉の栽培が盛んであったことから、山頂近くには「たばこ神社」も併設、キセル祭りが開かれるなど、実に様々な形で、現在も多くの参拝客が訪れる有名スポットである。
しかし、そんな加波山で今なお熱心な信仰を集める加波山神社の本殿へと向かう道すがら、ちょうど加波山の三合目付近に、突如として謎の施設が顔を覗かせる。通称、天狗之庭。正式には大天狗神社という名の冠された謎の宗教施設だ。古くは廃墟マニアたちの間で割とよく知られたこの施設、その概観は高いフェンスで囲まれ、外から見てもあからさまに風変わりな代物であるが、そこから醸し出される独特なフェロモンは、まるで、昭和期に乱立し、その後、瞬く間に消えていった、全国各地のB級テーマパークとも、巨大秘法館ともつかぬ、なんとも変わった味わいである。
まずは入口部分に立ってみる。既に「廃」となってから久しいと見えて、その入り口からしていきなり異様な空気が漂うが、施設内にはそれこそ“毒電波”を全力で放ちそうな特殊な形状の鉄塔が数本立てられており、それらを繋ぐ用途不明な電線が独特の「秘密基地感」をも、うっすらと醸し出しているのが特徴だ。また、外からも確認できる「メイン看板であったと思しき場所」に記された文字列には、天狗や不動明王のほか、稲荷や釈迦如来など、「とにかく何でも祀ってしまえ」と言わんばかりに欲張りすぎな神々の名が目を引く。かつて昭和期の日本では、全国津々浦々に、土産物屋つきの観音像や、由来もご利益も一切不明な宗教“的”施設が乱立した時期もあったが、それら多くは、「他に行くな!ここだけで十分!」とばかりに、こうしたあまりに贅沢すぎる神ラインナップが目を引いていたものだった。もしかするとこの施設も、そうした宗教テイストをふんだんに盛り込んだ観光スポット的な代物であったのかもしれない。なお、この看板の上には、観音像と思しき、何やら怪しげな像が祀られているようであるが、今となっては判然とせず、むしろその素性や由来よりも、この祀り方を許容できるセンスの方が気になってしまう。
さて、入口から中へと足を踏み入れると、さきほどの「メイン看板的な何か」に記された主神群にその名を刻む「大天狗」がいきなりのお出迎えである。看板上部に設置されている謎の像と同様、そのあまりに“いきなりな感じ”の個性的なディスプレイセンスは、当園ならではの独特なこだわりのようだ。しかも、よりによってこのガラス扉である。一体、何をどう考えると、このような扉をこうした形で用いるのか、正直なところ、皆目見当もつかない。なお、その往時にこの大天狗を主神に据え、メインとして位置づけていたのは、先ほども少し触れたように、かつて筑波山およびその周辺一帯が修験道のメッカで、同じく修験道の聖地として知られる鞍馬、高尾、羽黒などと同様に、天狗伝説やそれに基づく天狗信仰があったためだと推測される。ちなみにまったくの余談であるが、テング印で知られる米国産のビーフジャーキーが日本に登場し、爆発的なヒットを記録したのは、ファミコン誕生の年である1983年に、本格的に輸入されるようになってからのこと。無論、同じ年にブレイクしたファミコン用のソフトとして、後年登場することとなった伝説のクソゲー『暴れん坊天狗』(メルダック/1990年)とは何ら関係がない。
さて、そんな天狗にまつわる話はさておき、この『天中坊大天狗』像に続いて現れるのは、同じくさきほどの主神群にラインナップされていた『岩切大権現』である。しかしこの『岩切大権現』、実はその由来すら不明な謎神なのだ。一応、そのバックには不動明王などでお馴染みの独特なフレアパターンが施されているが、その容姿はどちらかと言うと「烏天狗」的な“何か”で、その足元には供と思しき“何か”も従えているが、この像の作製にあたり、仏師が一体どのような世界観を描きたかったのかは謎である。