あたり前だが、人格攻撃や外見の中傷は、相手の立場や思想を問わず行うべきではないのであって、ウクライナ支持かロシア支持かは関係ない。このTV上の発言だと、「Qアノン」(=ロシア支持者が多いとされる)なる加害者の思想を理由として、刑事告訴を選んだとも解釈できてしまう。

東野氏は自身が「親露派」とみなした相手を、激しくTwitterで攻撃することで有名で、そうした手法を囃して煽るかのような記事を論壇誌が載せることに関しては、私も3月に問題を提起した。

今回の刑事告訴についても、そうした東野氏の攻撃に巻き込まれた研究者(英語学者の羽藤由美氏。なお、彼女は別に親ロシアの言論活動はしていない)からは、妥当性を疑う声が出ている。

著名な国立大学で公職に就くとともに、TV・雑誌メディアの常連でもある東野氏は、寄稿ないしは会見等の形で、(民事の賠償請求に留まらず)刑事告訴を選んだ経緯を説明すべきだ。それをせずに、上記のような疑惑が囁かれることは、学問の自由や大学の自治をかえって危うくする。

2020年のコロナパニック以来、不快に感じる存在を「国家の力で排除したい」とする欲求が自明視される流れに対して、私は一貫して警鐘を鳴らしてきた。コロナの際に対応を間違えたリベラル派は、今回もまたSNS上の中傷に対して「懲役刑を科すべきだ」と高唱し、前例はあるのかと呆れられるに至っている。

いかに醜悪で、許しがたい相手であれ、処罰感情から私生活に公権力を導入する発想は、一歩間違うと国家を無謬の裁定者とみなす罠に陥る。事実、コロナのピーク時に近い状態が実現しかけたとおり、それは社会の「ロシア化」でもある。

在サンクトペテルブルクの「ローマ皇帝」と化したプーチン像(2015年5月、AFP通信より)

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2024年6月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。