私たちヒトの体は約2万個におよぶ遺伝子によって形作られています。
その数ある遺伝子の中に、奇妙な存在が混じっていることがわかっています。
それらは何千万年も昔に、私たちの祖先である霊長類がウイルス感染した際、その古代ウイルスが祖先の体内に組み込んだDNAです。
ただ今日まで、これらの古代ウイルスの残したDNA断片は、現代人の中で再度働くことはないジャンクDNAだと考えられてきました。
しかし最近、米コロラド大学ボルダー校(CU Boulder)の研究により、古代ウイルスのDNAが私たちの中で活性化することがあり、これが目覚めるとがん細胞の成長と増殖を促す”悪魔の働き”をすることが判明したのです。
研究の詳細は2024年7月17日付で科学雑誌『Science Advances』に掲載されています。
目次
- 祖先から受け継がれる「古代ウイルスのDNA」とは?
- 古代ウイルスの「闇の力」は健在だった
祖先から受け継がれる「古代ウイルスのDNA」とは?
私たちヒトが持っているすべての遺伝情報は「ヒトゲノム」と呼ばれ、その中には約2万個の遺伝子が含まれています。
その一方で、遺伝子の機能が完全に解明されているものはヒトゲノムのうちでも一部にしかすぎません。
ただ今日までの研究で、ヒトゲノムに含まれる約5〜8%が太古の昔に祖先に感染したウイルスが残したDNA断片であることがわかっています。
これらを専門的に「内在性レトロウイルス(ERV)」と呼びます。
レトロウイルスとは、RNAを遺伝情報として持つウイルスのことです。
彼らは特殊な酵素を介し、RNAを鋳型(いがた)としてDNAを作り出す能力を持っています。
そしてこのDNAを感染した宿主のゲノムに組み込むことができる恐ろしいヤツらなのです。
このプロセスに成功すると、レトロウイルスのDNAは宿主の一部となります。
その上で、宿主の生殖細胞(精子や卵)にレトロウイルスDNAが組み込まれると、その遺伝情報は世代を超えて子孫に受け継がれ、種全体のゲノムの中に固定されることになります。
こうして、私たち人間の遥か祖先に当たるサルに感染したレトロウイルスのDNAは、現在の私たちの中にも受け継がれているのです。
しかし、私たちの中に眠る内在性レトロウイルスにはもはや、有害な働きをするウイルスを作り出したり、健康に害を与えるような現役の能力は存在しないと考えられてきました。
要するに、何の機能も果たさないか、機能が特定されていない遺伝子を指す「ジャンクDNA」と捉えられていたのです。
ところが新たな研究は、従来の説とはまったく違う、闇の力が内在性レトロウイルスに隠されていたことを明らかにしました。