パキロビッドの販売を目指して、ファイザー社は2つの国際共同第Ⅱ/Ⅲ相試験を実施した。

EPIC-HR試験は高リスク成人を対象としており、コロナワクチン未接種で、肥満、喫煙歴、高血圧などのリスク因子をもつ2,246人が研究に参加した。

EPIC-SR試験は、標準リスク成人が対象で、ワクチン未接種あるいは接種後1年以上経過した649人とワクチン接種済みであるがリスク因子を持つ636人が研究に参加した。

研究が開始されたのは、EPIC-HR試験は2021年7月16日、EPIC-SR試験は2021年8月25日とほぼ同時であったが、終了日は、EPIC-HR試験が2021年12月9日で、EPIC-SR試験は2022年7月25日であった。

EPIC-HR試験の結果がNew England Journal of Medicine(NEJM)誌に掲載されたのは、2022年2月16日であったが、EPIC-SR試験の結果は、それより遅れること2年2ヶ月後の2024年4月3日である(表1)。

表1 パキロビットに対する国際第Ⅱ/Ⅲ相試験の概要

評価項目として、1)コロナによる入院あるいは死亡した割合、2)コロナによる症状が消失するまでの日数が設定された。EPIC-HR試験では、主要評価項目が入院あるいは死亡した割合で、症状が消失するまでの日数が副次評価項目とされた。EPIC-SR試験では、主要評価項目は症状が消失するまでの日数、入院あるいは死亡した割合が副次評価項目である。

EPIC-HR試験ではパキロビット群における入院あるいは死亡した割合が0.8%であったのに対して、プラセボ群は7.0%と統計学的な有意差が得られ、主要評価項目が達成された。多くのメデイアが「ファイザーのコロナ飲み薬、重症化リスク89%減」という見出しで、その効果を伝えたのは記憶に新しい。

日本においては、ファイザー社は、EPIC-HR試験の結果をもって、2022年1月14日に薬事申請を行い、2月10日には、特例承認を得ている。なお、EPIC-HR試験に参加した日本人は6人である。

ファイザー社の発表をうけて、各国政府は、パキロビットの獲得競争を始め、米国は2,370万人分を126億ドルで購入する契約を結んでいる。日本政府も200万人分のパキロビットを購入する契約をファイザー社と結んだ。

パキロビットの日本での購入価格は明らかでないが、米国の一人分の購入価格が530ドルであることから、日本でも同じ価格とすると、10.6億ドルが購入費として使われたことになる。この結果、2022年におけるファイザー社のパキロビットの売り上げは189億ドルに達した。

ここで気になるのは、承認申請に使われたEPIC-HR試験の対象は、ワクチン未接種で重症化リスクがある患者であることである。

添付文書にも厚労省が監修した診療の手引きにも、パキロピッドが適応となる患者の条件は、重症化リスクを有するとは記載されているが、ワクチンの接種歴については触れられていない。成人のワクチン接種率が80%を超えており、とりわけ50歳以上では90%を超えるわが国では、重症化リスクを有する成人のほとんどはワクチン接種済であろう。

ワクチン接種歴がありかつ重症化リスク因子を有する患者は、EPIC-SR試験の対象である。EPIC-SR試験の結果が、最近、NEJM誌に掲載された。

EPIC-SR試験の主要評価項目である症状の消失にかかる日数は、パキロビッド群が12日、プラセボ群が13日で、副次評価項目である入院あるいは死亡した割合もパキロビット群が0.8%、プラセボ群が1.6%と、有意差は見られなかった(表2) 。EPIC-SR試験の結果からは、パキロビットが薬事承認を得ることはなかったであろう。

表2 パキロビットに対する国際第Ⅱ/Ⅲ相試験の結果 N Engl J Med 2022; 386:1397-408 N Engl J Med 2024; 390:1186-1195

わが国では、パキロビットは2023年3月15日に保険適応となり、5日間の薬価は99,000円である。世界的にコロナが終息に向かった2023年には、ファイザーのパキロビットの売り上げは12.8億ドルと前年と比較して93%減であった。

特例承認を行なった審議結果報告書には、EPIC-SR試験で新たな知見が得られた場合には、速やかに医療現場に情報を提供する必要があると記載されている。

日本でパキロビットが投与される患者のほとんどは、ワクチン接種歴がありかつ重症化リスク因子がある患者で、EPIC-ER試験ではなく、EPIC-SR試験の結果が適用となる患者である。今回新たに発表されたEPIC-SR試験の結果からは、パキロビットの適応については再考の余地があるのではないだろうか。

EPIC-SR試験の結果の公表がここまで遅れたことに、釈然としないのは筆者だけではあるまい。