開戦前、議会の民主党の多数派は、2003年イラク戦争を支持した。その中に上院外交委員会委員長の要職にあったバイデン氏もいた。2003年当時、9.11後の高揚が醒めておらず、ブッシュ政権の支持率も高かった。民主党議員も戦争に賛成しておいたほうがいい、という流れを作ったのが、バイデン氏だった。ヴァンス氏の糾弾は、的外れではない。

私自身は、2002年から03年にかけてコロンビア大学で在外研究をしていた。開戦必至と言われていたイラク戦争に反対するデモにも参加した。当時、イラクに戦争を仕掛けることなど絶対にやってはいけない、という確信が私の心にあった。

当時の私にとって、ブッシュ政権も最悪だったが、民主党側でそれをこっそり推進しているバイデン上院外交委員会委員長も、最低だった。ヴァンス氏が「ワシントンDCの腐敗した政治屋」といったことを言うとき、バイデン大統領はまさにそれだ、と感じるのは、私だけではないだろう。

当時、私のような見方を持っている者は、コロンビア大学のような場所にいた。多数のオハイオ州の高校生がイラク戦争に反対していたとは思えない。

しかし確かに、戦争に行った若者の多くは、そうした田舎町の高卒者たちであり、コロンビア大学の卒業生ではなかったはずだ。平和構築政策の研究者である私は、イラクで米軍兵がどれだけ過酷な環境で辛い思いをしたかを、知っている。彼らがイラク人と仲良くやっていくために、最大限の努力をしていたことも、知っている。

しかし戦争そのものが間違っていた。戦後の政策が間違っていた。兵士の努力で、その根本事実を変えることはできなかった。

トランプ氏には、若かったときに徴兵逃れをしたのではないか、という疑惑がある。同時に、破天荒な言動や、イランのソレイマニ司令官暗殺事件の印象などから、強硬な政策をとるという印象も強い。ヴァンス氏も、トランプ氏は軍事力を使うときには断固としたやり方で使う、と演説で述べた。ただしヴァンス氏は、トランプ政権は本当に必要な時しか軍事力を使わない、とも述べる。そして、トランプ第一期政権の記録が、それを証明している、と述べる。良くできたトランプ政権のまとめである。

これに対してバイデン大統領は、イラク戦争の開始を支持したり、今はウクライナに巨額の軍事支援をしたりして、大規模な戦争に深く関わっている。そこをヴァンス氏は責める。トランプ氏では説得力に欠ける場合でも、20歳の海兵隊員としてイラクでの従軍経験を持つヴァンス氏であれば、誰も反論できない。

イラク戦争の責任は、「強さによる平和を実現するトランプ政権」を標榜するヴァンス氏によって、見事に民主党のバイデン氏に投げつけられた。この流れは、トランプ第二次政権成立時のウクライナへの政策にも、関わってくるだろう。