『D坂の殺人事件』『人間椅子』『パノラマ島奇談』『鏡地獄』『芋虫』等々、数々の探偵小説や怪奇・幻想小説を世に送り出した江戸川乱歩。後世のミステリ文学をはじめとしてサブカルにもその影響を色濃く残した乱歩であるが、そんな彼が執筆を断念し未完のまま終わってしまったという作品が存在している。『新青年』にて1933年11月から翌年1月まで連載されていた、その名も『悪霊』という作品である。
本作は、小説家の「私」がとある殺人事件を記録した手紙を受け取ることから始まり、その内容は事件の犯人を霊媒師が降霊術によって解明を試みたというものであった。「犯人がこの中にいる」と霊媒師が語り、一体犯人は誰なのかというところで物語は途切れてしまっているのである。
「悪霊」は、この時長らく大衆向けの小説を書いていた乱歩にとって2年ぶりの本格推理小説として注目されていた作品であった。しかし、2年という期間は本人が思う以上に感覚を鈍らせたためか、あらすじは構想したものの展開を上手く描くことができず、自分で読み返すたびにいくつも矛盾が起こり、内容としても面白さが感じられないということから執筆意欲をどんどん失ってしまった。
結果、2号に渡って休載をした末に未完中絶という結果となり、その際掲載誌には「抜け殻同然の文章を羅列するに堪えません」「作者としての無力を告白し」「中絶することに到りました」という旨の乱歩の謝罪文が掲載されるという前代未聞の事態となった。
掲載誌であった「新青年」は、乱歩にとってはデビュー作『二銭銅貨』を掲載という恩義もあったために依頼を断ることができなかったという。そうして見切り発車で執筆を開始したものの、納得できる内容がどうしても書けないことに苦悩していたという。一方で、乱歩に本格作品を書かせようと本人の承諾も得ずに事前予告を繰り返していた「新青年」側にも非があるのではないかとの意見もある。
未完となってしまった本作「悪霊」であるが、なんと横溝正史が本作の執筆を書き継ぐ予定だったのではないかとも言われている。実は、「悪霊」がまだ連載中だった時のこと、横溝はとある誌面で「何をやっているんだ!」と乱歩及び「悪霊」を強く批判していた。一説には、このことが乱歩と横溝の関係を悪化させたきっかけになったとも言われている。また、『別冊問題小説冬季号』(1976年初出)での横溝と都筑道夫の対談によると、横溝は乱歩の傾向から「悪霊」の犯人がわかると発言している。
実のところ、横溝にとって「悪霊」というタイトルは因縁めいたものもあった。1933年、「死婚者」を執筆予定だった矢先に喀血によって長期療養せざるを得なくなった彼に代わり、ピンチヒッターとして小栗虫太郎が登場することとなった。その後、1946年に小栗が急逝し、そのピンチヒッターとなったのが横溝であった。小栗の探偵小説への情熱を大いに期待していた横溝は、彼の突然の訃報にショックを受けて数日寝込んでしまったほどであった。
実は、その小栗の中絶作もまた「悪霊」というタイトルの作品であったという。小栗の「悪霊」は、笹沢佐保によって書き継がれ『二十世紀鉄仮面』にて収録されることとなったが、横溝にとっては乱歩批判により中絶に追い込んだという後ろめたさ、そして強い関りを持った作家に共通した「悪霊」というタイトルに、なんらかの因縁を感じ取っていたのかもしれない。
実際に、乱歩の「悪霊」のプロットを借用した作品として『迷路の花嫁』があげられることもあるが、一部ではプロットの借用ではなく、本当に横溝が乱歩の「悪霊」の”続編”執筆を構想していたのではないかと考える者も多い。だが、横溝の死によってその実現はついに叶わなかった。
そして年月を経て、乱歩の「悪霊」は芦辺拓により『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』(2024年1月)にてついに完成されることとなった。
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文=ナオキ・コムロ(ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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提供元・TOCANA
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