「プーチンは止まらない」論の無効化

政策論の内容から言うと、オルバン首相はプーチン大統領との蜜月関係を見せつけることによって、「ウクライナの次は他の欧州諸国が侵略される」という議論に、大きな修正を迫ったと言える。

「ロシアはウクライナを征服したら、他の欧州諸国を征服し始める、だから欧州諸国は最大限の努力でウクライナを助けなければならない」、という議論は、ゼレンスキー大統領が繰り返し用いている主張だ。これに次期EU外相の候補であるエストニアのカラス首相などが、強く同意している。

ハンガリーはウクライナと国境を接しているので、「ウクライナの次に征服される欧州の国」の候補の一つだろう。しかしそのハンガリーが、現時点での停戦の可能性について、プーチン大統領と真剣に協議をするとすれば、それは「プーチンは止まらない」論に対する挑戦となる。

もしロシアが、ウクライナ東部で止まるなら、当然他の欧州の国を侵略しない。オルバン首相は、いたずらに戦争を長引かせるよりも、プーチン大統領と対話をするほうが、欧州全体は平和になる、という強いメッセージを送った。

EU議会第3会派「欧州の愛国者(PfE)」の存在感

オルバン首相は、先の選挙後に第3勢力の会派として誕生したEU議会会派「欧州の愛国者(PfE)」に対しても、自らが党首を務める「フィデス=ハンガリー市民同盟(Fides)」を通じて、主導的立場を持つ。欧州内11カ国の「極右」政党が参加している。フランスのルペン氏の国民連合(NR)、オランダのヴィルダースの自由党(PVV)などが参加する有力会派である。

これらの極右政党は、ロシア寄りに近い立場をとるものがあると言われているが、ウクライナを支援するEUの立場に根本的に挑戦するわけではない。ウクライナとロシアの間の交渉を通じた停戦を促進するのが、望ましい道であるという方向性を、オルバン首相は「平和ミッション」で示した。

ウクライナを見捨ててロシアの属国になるのか?という糾弾をかわすためには、ウクライナは支援するが、交渉を通じた平和の達成を促進することが望ましい、という方向性を打ち出すことが有効だ。オルバンは、繰り返し「平和」のミッションだ、という考え方を強調し、この路線の妥当性を強調した。

「ウクライナを見捨てるのではなく、平和を求めているだけだ」という路線は、スロヴァキアなど、ウクライナのNATO加盟反対の立場をとる近隣国などにも影響していくだろう。

トランプ当選後の停戦交渉の受け皿

オルバン首相は、立候補取り下げの圧力にさらされているバイデン大統領との個別会談はあえて避け、むしろトランプ前大統領との個別会談を選択した。言うまでもなく、11月の大統領選挙で、トランプ氏が勝利することを見越しての行動である。

秋までに戦況はさらに悪化するだろう、とオルバン首相は発言してきている。ウクライナにとって戦況が苦しくなることを見越して、トランプ氏の就任時に実際に一気に停戦交渉を実現させていくために、ロシア=中国=トルコ=トランプ(アメリカ)という包囲網を形成して、世界に見せつけているのである。

仮に今は無理でも、トランプ氏が大統領選挙に勝利すれば、欧州においても一気にこの包囲網を建設的に受け止める層が出てくるだろう。

もちろん、停戦交渉の開始は、大きな方針転換になるため、ゼレンスキー大統領にとっては、自らの正当性を掘り崩す恐れがある。トランプ再選後にも、欧州諸国だけを頼りにして、戦争を継続するつもりだとも言われている。一気にオルバン首相が主導する和平が進展する、ということではないだろう。

しかし、ウクライナ国内におけるゼレンスキー大統領の支持率が、下降し続けているのも現実だ。一部の限られた数の欧州諸国の支援だけを頼りに、具体的タイムテーブルのない戦争継続を進めていくのは、苦しい。

それにしてもオルバン首相を泡沫欧州国の異端児として無視しづけることは、無理だ。今回の「平和ミッション」で、停戦要請の包囲網が目に見えて形成されたことは、11月以降の情勢展開の可能性に、大きく影響すると考えておくべきだろう。