研究員 橋本 量則
イランからの支援を受けるイエメンの民兵組織フーシ派が紅海やアデン湾でテロ行為を繰り返している。対艦弾道ミサイルも使用しているというのだから、これは民兵組織というより軍事組織と呼んだ方がよいかもしれない。
地政学的に見れば、このようなフーシ派の行動は割と簡単に予想できた。以前のコラム(「ウクライナ戦争 —国際法と地政学の視点から」)でも触れたが、大陸型地政学を採用する国にとって、ハウスホーファーが提唱した「統合地域論」はまだ有効であると考えられるからだ。
「統合地域論」とは、世界を4つの地域に分け、地域の盟主国がその地域を統治するという極め大雑把な考え方であるが、シンプルである分、大陸国家の指導者たちはこれを下敷にして戦略を考えやすくなる。「統合地域論」によれば、世界は「ユーロ・アフリカ」「パン・ロシア」「パン・アジア」「パン・アメリカ」に四分割される。ここでは、「ユーロ・アフリカ」と「パン・ロシア」の境界線に注目したい。
その境界線は、北はフィンランドとロシアの国境、バルト三国とロシア・ベラルーシの国境と重なり、そこからベラルーシとウクライナの中部を通り、クリミア半島を「パン・ロシア」側に入れる形で黒海に抜け、イラク・イラン国境と重なる形でペルシャ湾に抜け、ホルムズ海峡を通りインド洋へと出る。
この境界線により、「パン・ロシア」地域には、ロシア、イラン、インドの3つの大国が南北に並ぶことになる。これは、イランとインドが壁となってユーラシア・ハートランドであるロシアを海洋勢力から守っている形とも言える。このような役割を持つイランとインドをロシアが蔑ろにするはずはなく、比較的友好的な関係を常に保ってきた。つまり、「パン・ロシア」は大陸勢力の牙城と呼ぶべき地域である。
一方、「ユーロ・アフリカ」地域に含まれる地中海と紅海はヨーロッパ・中近東の商業活動を支える重要航路であるため、この地域は海洋勢力の牙城と言ってもよい。このように考えると、「パン・ロシア」に含まれるイランが、「ユーロ・アフリカ」内のヒズボラ(レバノン)、ハマス(ガザ地区)、フーシ派(イエメン)を支援し、地中海沿岸と紅海に混乱をもたらしている現状は、大陸勢力による海洋勢力への牽制との見方も成り立つ。
現に、イスラエルとハマスの紛争をきっかけにフーシ派が紅海とアデン湾でのテロ活動を活発化させたことにより、紅海が安全に通行できなくなり、これが海洋勢力(海洋国家)の経済活動に大きな影響を及ぼしている。
ここまでのことをロシアが意図していたかは定かではないが、大陸勢力と海洋勢力のせめぎ合いという地政学的な見地に立てば、これは十分予測の範囲内であった。ウクライナ戦争もこの大陸・海洋二大勢力のせめぎ合いの構図で説明できるが、ロシアにしてみれば、せめぎ合いの前線が南にも拡大したおかげで、海洋勢力によるウクライナ支援が手薄になり、戦争を有利に進められることになる。