氷の表面を覆っているものの正体を突き止める
そこで今回、研究者たちは、原子間力顕微鏡という特殊な顕微鏡を使い、マイナス123℃(150K)の氷の表面を詳細に調べることにしました。
するとマイナス123℃(150K)付の表面は配置パターンが異なる「2種類の氷」で構成されていることが確認できました。
1つ目の氷は、上の図の青色のように、下に描かれた6角形の格子に従って配置されています。
しかし同じ配列は永遠には続かず、ある地点で、別の6角形のパターンを持つ領域(赤色)に変化していたのです。
青の領域の氷は「氷Ih相(こおり1エイチそう)」、赤の領域の氷は「氷Ic相(こおり1シーそう)」と呼ばれます。
氷の結晶パターンは多様であり、この2つも水分子の積み重なり形の違いによって区別できます。
今回の研究では新たに、2つの領域のつなぎ目部分に、どちらにも属さない無秩序な動きをする水分子(黒)が存在していることが発見されました。
そして研究者たちがマイナス123℃(150K)から少しずつ温度を上げていくと、無秩序な水分子(黒)の領域が徐々に拡大され、マイナス126℃(153K)に達すると氷の全面を覆うようになっていました。
固体と液体の違いの1つに、分子がどれだけ自由(無秩序)に動けるかがあります。
研究者たちは、この拡大した無秩序な水分子こそ、一般に言われている「氷の表面を覆う水の層」の起源であると述べています。
私たちが日常生活で接する氷の多くはせいぜいマイナス数十度です。
そのため私たちが普段接する氷の多くは全て、この無秩序な分子で覆われていることになります。
研究者たちは、この無秩序な分子の存在によって氷の表面に水のような光沢が与えていると述べています。
ただ発見された無秩序な水分子(黒)は固体の氷になるべき温度で液体の水のように動くという興味深い特質を持つため厳密には単なる「液体の水」ではなく「氷の準液体層」という奇妙な位置づけとなっています。
つまり氷の表面を覆って滑りやすさに貢献していたものは厳密には氷でも水でもないユニークな存在だったのです。
圧力説、摩擦説、ファラデーの予測といった様々な説を経て、ついに氷の表面に存在する「何か」の正体と起源が判明したと言えるでしょう。
参考文献
Atomic-resolution imaging shows why ice is so slippery
元論文
Imaging surface structure and premelting of ice Ih with atomic resolution
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。