今月刊の『文藝春秋』7月号に、「「保守」と「リベラル」のための教科書」リベラル編の3冊目を寄稿しました。試し読みはこちらから。

今回ご紹介するのは、司馬遼太郎の随想『ひとびとの跫音』(1981年刊)。

昨年にも、ウクライナの戦況悪化と絡めて採り上げたことがあるとおり、司馬作品にしてはあまり有名でない同作、実は『坂の上の雲2』なんですよね。むろん「あの栄光をもう一度」ではなく、逆に明治の英雄たちが去ってしまった後、残されたひとびとがどう生きてゆくかを描いています。

無料部分にも記しましたが、司馬との交流が描かれる主人公は2人で、ひとりは正岡子規の養子となった忠三郎。もうひとりは、共産主義の詩人だった「ぬやま・ひろし」こと西沢隆二。

あんまり司馬ファンでもない私ですが、この作品は大好きなんです。司馬さんという歴史家が、それぞれに違う方向で「自分は、こうなれないな」と思う歴史の生き証人2名と、互いに影響を与え合いながら交際してゆく。

正岡忠三郎は「子規の養子」という看板が大きすぎたせいもあり、富永太郎の親友で、彼を介して中原中也とさえつながっていたにもかかわらず、詩人にならず愚直なサラリーマンで通した。作家の前は新聞記者で、書きまくらなくては生きていけない生涯を送った司馬さんが、あえて寡黙な一生を選ぶ忠三郎に、静かな敬意を持っていたことが伝わってきます。

一方で波乱万丈なのが西沢で、忠三郎とは仙台の第二高等学校からの友人。しかし中野重治らのプロレタリア作家とともに雑誌『驢馬』を起こし、共産党員として1934年に逮捕。そのまま12年間を獄中非転向で通し、出獄後に書記長・徳田球一の女婿となって党内に君臨するも、朝鮮戦争下で北京に亡命。帰国後の活動を経て、66年には親中派として党を除名されます。