先人たちの遺した絵画には時々、「その時代にあるはずのない物」が見つかることがあります。
例えば、1937年の絵画『ピンチョン氏とスプリングフィールドへの入植』には、スマホらしき物を手に持ったインディアンの姿が描かれていました。
そして今回、また新たにインターネット上で「460年前の絵画に恐竜が描かれている!」との話題が広がり、大きな注目を集めています。
460年前というと、人類がまだ「恐竜」という存在を知らない時代です。
絵の中には一体どんなものが描かれていたのでしょうか?
460年前の絵画に「首長恐竜」が描かれていた⁈
この話題は、Instagramユーザーの「historyunreal」が投稿したある絵画から始まりました。
投稿主はキャプションの中で「これは1562年にピーター・ブルース・ゲイル(Peter·Bruce Gale)によって描かれた絵です… それは私たちが恐竜の存在を知る300年も前のことです」と述べています。
実際の投稿がこちら。
赤丸で囲っている中に、確かに首長恐竜として知られる草食の竜脚類らしき姿が見られます。
View this post on Instagram
A post shared by History Unreal (@historyunreal)
これは一体どういう絵なのでしょう?
巨匠ブリューゲルが描いた『サウルの自殺』
この絵については、いつ誰が描いたどのようなテーマの絵画なのかが明確に分かっています。
これは16世紀のフランドル(現在のオランダ)で活躍した巨匠ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel)による1562年の油彩画『サウルの自殺』(The Suicide of Saul)です。
ブリューゲルはかなり有名な画家ですが、投稿主はキャプションの中で「ピーター・ブルース・ゲイル(Peter·Bruce Gale)」と記載しているため、その存在を知らなかったと思われます。
ブリューゲルの生年ははっきりしていませんが、1525年から1530年頃に生まれて、1569年に亡くなったとされています。
ブリューゲルの作品は繊細な筆致で、構図の中にたくさんの人物を描きこむことが特徴です。
16世紀のヨーロッパ絵画は宗教や神話を題材にすることが一般的でしたが、その中でブリューゲルは農民の日常生活に注目した点で革新的でした。
特に有名なのは『子供の遊戯』(1560年)や『農民の婚宴』(1568年)です。
一方で、神話を題材にした絵画も傑作揃いで、彼の描いた『バベルの塔』(1563年)は誰もが一度は目にしたことがあるでしょう。
そんな彼が『旧約聖書』における「サムエル記」をテーマに描いたのが『サウルの自殺』です。
サムエル記はBC11世紀半ば〜BC10世紀初めにかけての時代が舞台で、イスラエル王サウルの滅亡譚が語られています。
ギルボア山にて、サウル率いるイスラエル軍と古代パレスチナ民族であるペリシテ人の大軍との壮絶が戦争が勃発し、イスラエル軍は惨敗を喫します。
深傷を負ったサウルは敵のなぶり者にはされまいと、側近に「お前の剣を抜き、わたしを刺し殺してくれ。あの無割礼の者どもに襲われて刺し殺され、なぶりものにされたくない」と命じます。
しかし側近は主君を刺すことができなかったため、サウルは自ら剣の上にうつ伏せになって自害します。
その一幕を描いたのが『サウルの自殺』です。
そして問題の首長恐竜らしきものは、画面のずっと奥、隊列を組んで川辺を歩く一軍の中に小さく描かれています。
言うまでもなく、BC11〜10世紀に恐竜は存在していませんし、ブリューゲルが絵を描いた時代にも「恐竜」という概念はありません。
恐竜の卵や化石そのものはブリューゲルより遥か以前にアフリカや中央アジアで見つかってはいたものの、それは後から「恐竜の化石だ」と分かったものであり、当時の人々は恐竜がどんな姿形をしていたのかも知りませんでした。
恐竜研究が本格的にスタートしたのは19世紀前半のイギリスであり、1822年にイグアノドンの歯が発掘されたのが始まりとされています。
では、明らかに首長恐竜にしか見えないこの生き物は何なのでしょうか?
実をいうと、ブリューゲルがここで描こうとしたのは「ラクダ」です。
旧約聖書にはラクダ(ヒトコブラクダ)がしばしば登場し、人々の乗り物として使われていました。
ところが、ブリューゲルは「ラクダ」なる生物を物語として知ってはいたものの、実際に目で見たことがありませんでした。
そこで、記述に見られる特徴に合わせて想像で描いた結果、このように実際より首がずっと長く、胴体もずっしりとしたブラキオサウルスのような姿になってしまったと考えられるのです。
想像で生き物を描くのはあるある?
実はブリューゲルのように、見たことのない生物を想像で描いた例は過去によく知られています。
最も有名なのは、中世ヨーロッパの画家たちが描いた「ライオン」です。
彼らはライオンというものを見たことがなく、人づてに聞いていただけだったので、話に聞く特徴からイメージでライオンを描いていました。
なので、中世の絵画や写本に見られるライオンはどれもこれも奇妙でユニークな姿をしています。
同様にラクダについても伝聞はあってその正確な姿はあまり理解されていなかったと考えられます。
こちらは12世紀初頭にスペイン(イベリア半島)の修道院に描かれていたとされるヒトコブラクダの絵で、首が長いという特徴は強調されており、ブリューゲルが絵画の中に描いた恐竜のような生き物に近い印象を受けます。
このように先人たちが遺した絵画の中には、時代や実物にそぐわない面白い描写が見つかります。
ネットではそれがタイムトラベラーがいた証拠であるとか、オーパーツだと騒がれたりしますが、それも現代の我々の知識で絵画を解釈したとき生じる現代ならではの絵画の楽しみ方と言えるでしょう。
興味が湧いた方は巨匠の画集を開いてみて、おかしな絵を探してみるのも面白いかもしれません。
1937年の絵画に「スマホを手にした先住民族の姿」が描かれていると話題に!
参考文献
Some People Think This Old Painting Proves Dinosaurs Walked Around With Humans
Why did Brueghel the Elder paint “dinosaurs”? Nude self-portrait with a palette, Richard Gerstl
The Comically Bad Way Medieval Art Portrayed Lions
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。