イギリスのケンブリッジ大学(Cambridge)で行われた研究により、卵母細胞の秘密が明らかになりました。
私たちの体内で細胞は時間とともに変化し続け、皮膚や血液の細胞はわずか数か月で新しいものに入れ替わり、骨の細胞も数年で更新されます。
しかし、その中にあって卵母細胞は際立って長寿であり、50年近くも体内で休眠状態を保ちながら、必要な時には新しい命を育むことができます。
この驚くべき能力は、どのようにして維持されているのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年6月20日に『Nature Cell Biology』にて公開されました。
目次
- なぜ卵母細胞は体内でずっと健康なのか?
- 長生き細胞のタンパク質も長生きだった
なぜ卵母細胞は体内でずっと健康なのか?
人間を含む哺乳類のメスは、一生分の卵母細胞(卵子に成長する細胞)を持って生まれてきます。
保健体育の授業を真面目に聞いていた人なら「私たちの元となる卵母細胞は、私たちの母親が祖母の子宮の中にいるときに作られたもの」と習ったはずです。
人間の場合、胎児のピーク時には約600万~700万個の卵母細胞が存在します。
そのほとんどは死滅してしまいますが、約30万個が思春期まで生き残り、約400~500個が排卵されます。
このように人間の卵子は誕生前に形成され、受精するまで数十年間生殖能力を維持できます。
一方、私たちの体の皮膚や血液の細胞はわずか数カ月で入れ替わり、骨の細胞も数年で入れ替わります。
そのため、私たちの体の多くのパーツは数年で最初とは「別物」になっているのです。
大量の放射線を間近で浴びた人は1カ月ほどで、体全体が溶けたようになってしまうという話を聞いたことがあるかもしれません。これは放射線の影響で新しい細胞が作られなくなったことで、古い細胞が死んでも細胞が入れ替わらないことで起きる症状です。
そんな通常は数カ月程度しか寿命がない細胞たちの中で、卵子は数十年近く健康な状態を保ち続けます。これは他の細胞たちから見れば、ほとんど不老と言える耐久性でしょう。
では卵子どのようにして卵巣内で長期間休眠状態を保ち、健康なままでいられるのでしょうか?
そこで今回、ケンブリッジ大学の研究者たちはマウスを使った実験で、卵母細胞が長寿になれる仕組みを「タンパク質の寿命」という観点から調べることにしました。
タンパク質は細胞の建材であると同時に、生命活動を維持するための稼働部品でもあります。
部品が破損しない機械ほど長く可動できるように、タンパク質が長寿であれば、細胞も長寿になる傾向があります。
体のほとんどを占める通常の細胞の場合、古いタンパク質は常に新しいものに置き換えられ、数日でリサイクルされてしまいます。
皮膚や血液の細胞の寿命が数カ月であるため、内部のタンパク質には数年もの耐久性は必要ないからです。
しかし全てのタンパク質が短命なわけではありません。
例えば眼の水晶体、関節の軟骨、脳に存在するタンパク質の中には、何十年も安定して存在し続けるものも知られています。
実験で使われたマウスの寿命は短いため、卵母細胞はそれほど長く生きる必要はありません。
しかしマウスの体内で卵母細胞は少なくとも1年以上維持されており、これはタンパク質の平均寿命よりもはるかに長くなっています。
卵母細胞の長寿の秘訣が、タンパク質自体の寿命の長さにあるのでしょうか?
またもし卵母細胞のタンパク質が長寿だとしたら、それらのタンパク質は他と違う機能を担っているのでしょうか?