アメリカのミシガン大学(UMichi)で行われた研究により、超常的な聴覚を持つ遺伝子組み換えマウスを作り出すことに成功しました。
新たに作られたマウスは、内耳のシナプス接合が増強されるような遺伝子の組み換えを受けています。
これにより聞こえる音の閾値は普通のマウスと同じですが「音の分解能」あるいは「音の解像度」とも言うべき力が飛躍的に向上しており、通常のマウスが聞き逃してしまうような一瞬の音の変化でも逃さず感知し、危険を回避することが可能になります。
もしこの能力を人間が手に入れた場合、同じオーケストラの音色も普通の人と全く別物に感じられるようになるでしょう。
また音の解像度にかかわる新たな知識は、隠れ難聴と呼ばれる奇妙な現象を説明することを可能にしました。
研究内容の詳細は2024年6月27日に『PLOS BIOLOGY』にて公開されました。
目次
- 超常聴覚マウスが誕生した経緯
- 聞こえるのに聞き取れない隠れ難聴の原因は「音の解像度」低下にあった
超常聴覚マウスが誕生した経緯
スーパーヒーローものの作品では、それぞれが持つ多彩な能力を使って、悪と戦う姿が描かれています。
またスーパーヒーローのよくあるパターンとして、超常的な能力の多くは予期せぬ偶然によって授けられるという点があります。
たとえば「聴覚を失った科学者が再び音を聞くために開発した薬によって、思いもかけないスーパー聴覚を手に入れてしまう」といったケースです。
新たな研究で開発された超常聴覚マウスは、これと似たパターンを辿っていました。
ミシガン大学の研究者たちは以前から、騒音や加齢による聴力低下を防ぐ手段を調べていました。
人間やマウスの耳の中には空気の振動を電気信号に変換する内有毛細胞と呼ばれる細胞が存在します。
鼓膜を経て伝わってきた空気の揺れが内有毛細胞の毛の部分を振るわせると、内有毛細胞の本体で電気パルスが発せられ、シナプスを介して蝸牛神経節と呼ばれる神経に伝わるのです。
この仕組みがあるお陰で、物理的な振動である音を脳が認識する電気信号へ変換できるのです。
一方、長期にわたり騒音に晒されたマウスや年老いたマウスたちでは、内有毛細胞と蝸牛神経節を繋ぐシナプスの数が減ってしまうことが知られていました。
人間の場合も同様の仕組みが耳を悪くすると考えられており、工事現場で働く人は「耳が悪くなったら一人前」と言われていたほどです。
しかし以前に行われた研究では、騒音によって失われたはずのマウスのシナプスが、ニューロトロフィン3と呼ばれる物質の生産を促すと再び増加し、マウスの聴力が回復することを発見しました。
そこで今回ヨーク大学の研究者たちは、健康な若いマウスに同じ方法を適用した場合、何が起こるかを確かめてみました。
もしニューロトロフィン3の増加がマイナス分のシナプスを回復させるのではなく、単純にシナプスをプラスさせるのだとしたら、健康なマウスの聴力を増強させられる可能性があったからです。
研究者たちはマウスに遺伝子組み換えを行い、内耳でのニューロトロフィン3を増強させたマウスを作りました。
まず普通のマウスと遺伝子組み換えマウスを、雑音が一瞬途切れてしばらくするとマウスを驚かせる仕組みを仕込んだ箱に入れ、一瞬の雑音の途切れとビックリの関係を学ばせました。
すると雑音が途切れがビックリの合図だと学んだマウスたちは、ビックリの仕掛けに驚かなくなります。
次に研究者たちは、徐々に雑音の途切れる感覚を短くしていきます。
するとある段階で普通のマウスは雑音の途切れ目がわからなくなり、ビックリの仕掛けに驚くようになりました。
一方、ニューロトロフィン3が増加したマウスたちは、普通のマウスが聞き取れないような僅かな雑音の途切れを敏感に察知し、ビックリしないことが判明しました。
この結果は、ニューロトロフィン3の増加と内耳のシナプス数の増加が、遺伝子組み換えマウスに、普通のマウスでは不可能な超常的な聴覚を与えていたことを示します。
つまりこの超常聴覚は聞こえる音の閾値(聞こえる最小値)そのものには変化を与えず、音の解像度を変化させるものだったのです。
さらに研究者たちが超常聴覚マウスたちの脳を調べたところ、聴覚領域の反応ピークも増強されており、超常聴覚マウスたちはより多くの聴覚情報を処理する能力があることが示されました。
研究者たちも「シナプスの数を増やすと脳が追加の聴覚情報を処理できるようになったことに驚きました」と述べています。
映像の場合、解像度が飛躍的に高まると、得られる情報が増えるだけでなく、映像に対する印象そのものも大きく違ってきます。
もし普通のマウスと超常聴覚マウスが一緒にバイオリンの音をどう感じるかインタビューできたなら、全く違った答えが返ってくるでしょう。
ですが今回の研究成果はスーパーマウスを作り出したに留まりませんでした。