今後ますます注目度が上昇しそうなマイクロKスポーツ
S660はKカー規格のMRスポーツ。「ビートの後継モデル?!」と、発売前からそんなウワサが飛び交うクルマだった。1991年に発売され1996年に販売を終了したMRレイアウトのオープンカー、ホンダ・ビートの後継車を心待ちにしていたファンは、そんな風に考えたかったのかもしれない(熱烈ビート愛好者の私もそのひとりだった)。
しかし、メーカーとしてはビート後継車としてではなく、まったく新しいKオープンカーとしてS660を世に送り出したそうだ。ちなみにオープンとはいってもタルガ形状。キャビン上部の幌を手動で外しクルクル巻くという、一風変わったオープンモデルだったのも、ユニークポイントである。
とはいえS660は、ビートを知っていれば知っているほど、その面影が見て取れる。サイドのシルエットなんて、ビートそのもの。そんなわけで、やっぱりこれはビートの後継車だと思いたい。とにかくS660は抜群に痛快で身近なMRスポーツだった。ビート愛が薄い人でも日本に最適なオープン2シーターを再び世に送り出してくれたホンダに感謝、と素直に思った方は多かったように思う。S660はターボエンジンを搭載。AT全盛の時代に6速MTを残してくれたことも、拍手ものだった。
小さいけれど本物の味わい。中でもフットワークのこだわりは抜群
S660はデビュー後もいろいろと話題を提供する。エンジンもそのひとつ。ビートのようにNAエンジンではないのか……という、不満の声も若干聞こえてきたのは事実だ。確かにNAエンジンを気持ちよく高回転域まで回す感覚は、爽快感抜群でたまらないものがある。とくにビートは、レッドゾーンが8500rpmという、まるでバイクのような性格を持つエンジン。さらにトルクバンドが5000〜6000rpmと、かなりの高回転域でこそ威力を発揮する特殊なタイプだった。個性的だったので余計にそう感じるファンがいたのかもしれない。しかし、その分低回転域のトルクはスカスカで、スタート時にエンストを連発するドライバーも多かった。
S660はターボエンジンの搭載で、低回転域からのトルクを増強し、ずいぶん扱いやすくなった。加えて、いまのターボエンジンは、昔のドッカンターボと異なり、ターボラグがほとんどない。だからナチュラルで乗りやすかった。
さらにはクルージング時のエンジンの回転数が抑えられるので静粛性もハイレベル。燃費もさほど悪くないし……と、いいことばかり。反ターボ論は純粋に好みの問題だと思う。
もうひとつ、フットワーク。とくにタイヤのこだわりも忘れてはならないポイントだった。ビートは前13インチ、後14インチという前後異径タイヤが特徴だった。だがそうなると前後のタイヤローテーションなどはできない。ランニングコストを考えるとコストパフォーマンスがいいわけではなかった。しかしS660も前15インチ、後16インチと、ふた回り大きくなった前後異径サイズで登場したのである。走りの性能を優先させた大英断。ここも拍手を送りたいポイントだ。銘柄がまたすごかった。いわゆるモータースポーツシーンで装着するスポーツタイヤが純正だった。極端にいうとエンジンパワーよりもタイヤの性能が勝っていたくらい。おかげで、安定感は抜群、操縦性は高性能スポーツカーと呼べるほどのレベルに仕上がっていた。ワインディングでは大排気量スポーツを追い回すことも難しくなかった。
世界中を見渡しても、こんなにコンパクトで高性能なオープンスポーツカーは見当たらない。小さいけれど本物。荷物の積載性などは脇にどけておいて、とにかく走りを楽しむクルマ。この割り切り感が最高に楽しい。生産終了となったのが本当に惜しい1台。良質なユーズドカーが手に入るうちに買っておきたい名車である。