とんでもない「渡り」の能力を持つ蝶が見つかったようです。

カナダ・オタワ大学(University of Ottawa)らはこのほど、西アフリカ〜南米までの大西洋上ををノンストップで横断する蝶を世界で初めて確認したと報告しました。

なんと蝶たちは少なくとも4200キロの距離をわずか5〜8日間で渡り切っていたのです。

小さくて、か弱いはずの蝶になぜこのような偉業が達成できたのでしょうか?

研究の詳細は2024年6月25日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。

目次

  • 南米にいないはずの蝶を発見!一体どこから来たのか?
  • 西アフリカから大西洋横断を成し遂げていた!

南米にいないはずの蝶を発見!一体どこから来たのか?

ヒメアカタテハ
ヒメアカタテハ / Credit: ja.wikipedia

研究チームがこの驚くべき「渡り」に最初に気づいたのは、2013年10月のことでした。

同チームの一人で、スペイン科学技術最高評議会(CSIC)の生物学者であるジェラルド・タラベラ(Gerard Talavera)氏が、南米の北東部・フランス領ギアナの大西洋岸にて、南米には存在しないはずの蝶を多数見つけたのです。

その蝶はタテハチョウ科に属する「ヒメアカタテハ(学名:Vanessa cardui)」という種でした。

ヒメアカタテハは蝶の中で最も分布範囲が広い種として知られますが、南米とオーストラリアの一部には生息していません。

南米にはいないはずの「ヒメアカタテハ」をフランス領ギアナで発見
南米にはいないはずの「ヒメアカタテハ」をフランス領ギアナで発見 / Credit: ja.wikipedia, canva / ナゾロジー編集部

これはタラベラ氏らに大きな謎を投げかけました。

可能性として考えられるのは主に2つ。

1つは北アメリカの方から南米に南下したパターン、もう1つは西アフリカの方から大西洋上を横断して南米にたどり着いたパターンです。

そこでチームはヒメアカタテハの旅の秘密を解き明かすべく、科学調査ミッションに乗り出しました。

西アフリカから大西洋横断を成し遂げていた!

チームはまず、2013年10月にヒメアカタテハが南米で見つかる以前の気流の軌跡を気象データを用いて再構築しました。

すると、西アフリカのサハラ砂漠から南米方向に向かって吹く「サハラ大気層(SAL:Saharan Air Layer)」が、大西洋上の横断に非常に有利な気流条件を生み出していたことがわかったのです。

こうした気流条件は北米から南米方向にはなかったことから、一挙に「西アフリカ〜南米」のルートが有力となりました。

西アフリカ〜南米に向かって吹く「サハラ大気層」を確認。色は高度を示す。
西アフリカ〜南米に向かって吹く「サハラ大気層」を確認。色は高度を示す。 / Credit: Gerard Talavera et al., Nature Communications(2024)

そこで次にチームは南米で見つかったヒメアカタテハのDNAを調べて、世界各地の個体群と比較。

その結果、南米で見つかった個体群はアフリカやヨーロッパに分布する個体群と遺伝的に最も近いことが判明したのです。

この遺伝子データは、南米のヒメアカタテハが北米から南下した可能性を排除し、西アフリカから大西洋上を横断してきた可能性をより強化しています。

それからチームはこの仮説をより確かなものとすべく、次世代の分子解析技術も活用しました。

ここではヒメアカタテハが運んできた花粉のDNA配列を調べています。

すると南米のヒメアカタテハから採取された花粉のDNAは、熱帯アフリカにのみ自生する2種の植物見事に一致したのです。

これでもう「西アフリカ〜南米」のルートが確実なものとなりました。

キク科の植物(学名:Guiera senegalensis)およびクロウメモドキ科の植物( 学名:Ziziphus spina-christi)
キク科の植物(学名:Guiera senegalensis)およびクロウメモドキ科の植物( 学名:Ziziphus spina-christi) / Credit: Gerard Talavera et al., Nature Communications(2024)

しかしチームはさらに驚きの発見をしています。

蝶の翅(はね)に含まれる水素とストロンチウムの同位体(生まれた場所の「指紋」として機能する化学物質)も調べたところ、南米のヒメアカタテハは、フランス、アイルランド、イギリス、ポルトガルなどの西ヨーロッパで生まれ育っていたことが判明したのです。

以上の結果から彼らがたどってきたルートが完全に明らかになりました。

南米のヒメアカタテハは最初に西ヨーロッパで誕生し、成虫まで育った後、西アフリカまでの約3000キロを南下。

そこからサハラ大気層に乗って、少なくとも4200キロの大西洋横断を成し遂げたのです。

つまり、南米のヒメアカタテハは合計で7000キロ以上もの途方もない距離を移動していたことになります。

合計7000キロ以上を移動していた!
合計7000キロ以上を移動していた! / Credit: Gerard Talavera et al., Nature Communications(2024) / ナゾロジー編集部

またチームは西アフリカ〜南米間の移動はわずか5〜8日間のノンストップ飛行で完遂された可能性が高いことを見出しました。

同チームのエリック・トロ=デルガド(Eric Toro-Delgado)氏は「もし気流がなければ、ヒメアカタテハが自力で飛べるのは最大780キロと推定された」と指摘。

「この長旅はヒメアカタテハの能動的な飛行と、気流に乗った受動的な飛行の組み合わせでのみ可能となるものでした」と述べています。

蝶の中にはヒメアカタテハ以外にも渡りをする種がおり、アサギマダラなどは約3000キロを移動できることが知られています。

しかし今回のように、7000キロ以上を渡った蝶は世界で初めて発見された事例とのことです。

研究主任の一人であるロジャー・ヴィラ(Roger Vila)氏はこう話しました。

「私たちは通常、蝶を”美しく儚いもの”の象徴として見ていますが、今回の知見は彼らが信じられないほどの偉業を成し遂げられる強靭さを持っていることを物語っています」

全ての画像を見る

参考文献

Non-stop flight: in a world-first, researchers map a 4,200 km transatlantic flight of the Painted Lady butterfly
https://www.uottawa.ca/en/news-all/non-stop-flight-world-first-researchers-map-4200-km-transatlantic-flight-painted-lady

元論文

A trans-oceanic flight of over 4,200 km by painted lady butterflies
https://doi.org/10.1038/s41467-024-49079-2

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。