AMGの名声を築いた大排気量V8搭載
AMGの歴史は、つねにV8エンジンとともにあった。もともとダイムラー・ベンツでレース用エンジンの開発に取り組んでいたハンス-ヴェルナー・アウフレヒトとエアハルト・メルヒャーのふたりは、同社がモータースポーツ活動の休止を決めると職を辞し、「レーシングエンジンの開発に必要な設計と試験を行うアウフレヒト・メルヒャー・グロースパッハ・エンジン会社」を設立する。これが1967年のことだった。
アウフレヒトらは、ダイムラー・ベンツ時代に培った経験を生かし、300SELの6.3リッター・V8エンジンを6.8リッターまで拡大したAMGメルセデス300SEL 6.8というレーシングカーを生み出す。これでツーリングカーの祭典であるスパ24時間レースに参戦。デビューシーズンとなった1971年に堂々の総合2位(クラス優勝)という輝かしい戦績を残し、AMGの名を世界中に知らしめることとなった。
その後もAMGは独自にエンジン開発を行なういっぽうでレースにも積極的に参戦。そうした功績がダイムラーからも認められ、1993年には同社と共同開発した初のコンプリートカー「C36」が誕生する。その圧倒的な完成度は多くのファンを魅了したが、C36に搭載されていた3.6リッターエンジンはストレート6。つまり、本当の意味でのAMGの伝統を、C36はまだ受け継いでいなかった。
C63はM156・V8の魅力が鮮明。ハンドリングも素晴らしい
CクラスとAMG製V8エンジンが1台のコンプリートカーとしてコラボレーションしたのは、2007年にデビューしたメルセデス・ベンツC63AMGが白眉だった。
全長4720mmのコンパクトなW204のボディに最高出力457ps、最大トルク600NmのV8エンジンを押し込むという発想はいささか乱暴だが、これが破綻することなく、1台のスポーツセダンとしてしっかりと成立していたのは、V8を長年扱い続けてきたAMGの技と経験が息づいているからだろう。
いや、ただまとまりがいいというだけではない。初代C63が数々の魅力を備えていることを率直に認めなければならない。
その第一は、大排気量V8エンジンの豪快なパワー感であり、自然吸気方式がもたらすシャープな吹き上がりであった。もちろん、同じことはE63やS63でも体験できる。けれど、C63はボディがコンパクトで車重も軽い分、エンジンのキャラクターがダイレクトに感じやすい。
その意味でいえば、AMGの熟練メカニックが1基1基ハンドビルドで世に送り出しているM156エンジンの醍醐味を最も明確に感じ取れるモデルが、C63といって間違いではない。
もうひとつ、V8エンジンと同じくらい魅力的なのがC63のシャシーである。AMGはエンジン開発を出発点としているだけあって、シャシーよりもエンジンにより強い魅力を感じることが多い。だがC63に関していえば、ひょっとしたらエンジンを上回ると思えるくらい、味わい深いシャシーに仕上がっていた。
とりわけ素晴らしいのがステアリング・フィール。まるで手のひらで直接、路面をなぞっているのではないかと思えるくらい、ドライビング・インフォメーションが克明に伝わってきた。しかも、キックバックなどは皆無、あくまでも洗練された印象に終始する点が素晴らしかった。
足回りはもちろん硬めだが、突き上げ感は認められず、快適性の面でも十分に合格点がつく。
C63のパワートレーンは、その後、4リッター・V8ツインターボ、そして現在の2リッター直4ターボ+プラグインハイブリッドへと変遷していくわけだが、自然吸気V8エンジンを積んだW204のC63の魅力は永遠に褪せないに違いない。(見出し)