産経に掲載されている「阿比留瑠比の極言御免」に「蓮舫氏は批判ばかりか?」というコラムがあり、これが蓮舫氏の批判に対抗するように厳しく書き立てています。蓮舫氏が街頭演説で「何かあったら蓮舫は批判ばかりというが、そうでしょうか」と自らを評したことに阿比留氏が「批判以外に何があったというのだろうかと-」。
私は基本的に人の批判や上げ足はあまりとりません。嫌な人がいても相手にしないだけです。理由はそんなことにエネルギーを費やしている暇はないからです。自分が画策し、信じた道を進むだけだからです。それが指導者として求められる第一歩です。
ところが蓮舫氏の場合、民主党が一時期政権を取った時代を見ても批判が主体なのです。あの時は官僚を批判し、苛めました。蓮舫氏の支持者からみれば「スカッとする」なのでしょう。ところがスカッとする炭酸飲料を飲んでもその一瞬だけスカッとしてもその気持ちは維持できないし、それは「気持ち」であってそれが必要不可欠なモノかは別なのです。
例えば1千万円のある支出について議論が沸き起こったとします。極論では蓮舫氏はゼロにしろというのです。ところがそれが本当に無駄かどうかは検証しないとわからないし、物事は黒と白ですべて決着できるわけでもないのです。折衷もあるし、「落としどころ」という言葉もよく使います。蓮舫氏を見ていると労働組合の委員長がハチマキして威勢よく声を上げているシーンと重なるのです。しかし、労働組合も結局経営側と一定の妥結をするのです。
蓮舫氏がそういう意味では与件に対するコメントや修正案を出すのは得意ですが、与件そのものを自ら出すのは不得手であり、かつ与件を出すことで自分が批判される立場に立ったことがあまりないと思います。東京都民は怖いですよ。いや、本当に。まとも神経の持ち主では絶対に務まりません。
その点で小池氏はタヌキそのものなのです。一定の鈍感力も備えています。ヤジも聞こえないし、聞こえてもそれをさっと交わす術も身に着けています。そして既に2期やった実績は大きいのです。
戦後の都知事で1期かそれ以下が青島、猪瀬、舛添各氏です。2期が東氏と小池氏。3期が安井、美濃部氏、4期が鈴木、石原氏となっています。つまり都知事として小池氏はまだ殿堂入りには程遠いのであります。東京都のプーチンとか習近平になれとは言いませんが、任期という意味ではまだできるのでしょう。
東京都民は改革路線ではない、これは東京に生まれ育ち、それなりによく知る者として言い切ってよいと思います。よく海外都市では中道左派が優位とされます。日本の場合、国の政権も含め、立ち位置が他国よりもともと左寄りであり、小池都政も私から見れば海外の大都市の中道左派とそん色ないだろうなという位置です。よって蓮舫氏になるともっと明白に左に寄ってしまい、ここは中国か、という感じにすらなりかねないのです。このあたりの大局観は海外から見ると割とよく感じるものです。
さて、祭りと化した都知事選、選挙活動は東京でじっくり観戦させていただこうと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年6月14日の記事より転載させていただきました。