2024年のニュルブルクリンク24時間レースは6月1日の午後4時に始まり、翌日の日曜午後4時にゴールする。スタート前に設定されたウォームアップ走行はパスする。それだけ2024年のWRXには自信があり、信頼を置いていることが伺える。
スタートに向けてスケジュールが進行する。2024年の観客数は前年を上回る24万人が来場し、23kmのレーシングコースをぐるりと観客が埋め尽くしている。そしてレースカーがグリッド上に到着する前にもたくさんの観客が入ってきている。人で埋め尽くされたところにレースカーがゆっくりと戻ってくる。ファンは間近でマシンを見、ドライバーと触れ合うことができる。
ウオームアップが始まり、各マシンが動き出したとき、空から雨が落ちてきた。グリッド上で辰己とティムが天気の話をしている。
ーー「4時15分あたりで雨が来るようだけど小雨ではないかと地元の人が言っているね」
するとティムもそのようだと答えている。ニュル・ウエザーと言われるようにピンポイントでの天気予測は不可能に近く、まして23kmもあるコースだとどこかで雨が降っているということは珍しいことではない。
2024年のニュル・ウイークの天候は不順で、晴天が一日もなかった。つねに曇天か小雨、時に激しく降るという天気で、またコース全体が雨という時間もそれほど長くはなかった。
ドライバーへの信頼は厚い
ドライバー・ローテーションとチーム戦略はこうだ。
ーー「スタートはもっとも燃費がいい孝太(佐々木)でいきます。そのあと日本人同士のほうがコースコンディションの連絡とかしやすいので凛太郎(久保)でいって、あとはカルロ(ヴァン・ダム)とティム(シュリック)に繋ぎます。ティムさんは、ここはホームコースだし、カルロは百戦錬磨だからわかっているし、アクシデント的な状況だけ伝えれば大丈夫」
ニュルのレースは多くのカテゴリーがあるため、マシンの速さが違う。そのため、スタートは似たような速度のマシンを集めたグループごとにローリングスタートしていく。
WRXはグループ3でそのポールポジションがWRXだ。前方のグループ2はGT-4マシンなどのSP10クラスで、グループ2のスタートから3分後にグループ3のスタートが切られる。
メカニックが退場しウォームアップが始まった。WRXはスリックタイヤでスタートする。
ーー「雨の強さ次第だけど、雨が強くなったらスタートラインを切らずにピットに入れてタイヤ交換しよう。レインの準備をしておいて」
その懐疑は当たった。スタートドライバーの孝太がピットに戻る。すぐさまタイヤをレインに変えてピットアウト。すると5周を終えた時点でドライアップし、再びピットイン。
ーー「孝太、ダブルスティントでやって、次のピットは14周目で」
佐々木はベテランらしく、安定したラップタイムで担当のスティントを終え、久保に変わった。久保も新人とはいえ落ち着いたレース運びをしており、コード60(60km/h規制)の時はそれなりに、そしてコースクリアの時もそれなりに、その状況の中でラップタイムが揃うという高いドライビング技術を披露していた。
そしてカルロへスイッチし、ティムへバトンタッチしていく。じつはWRXのタイムはグループ2で先行するGT-4マシンをつぎつぎに捉え、コース上で追い抜くシーンが展開されていたのだ。しかもそれは4人全員が同様にスピードを持ち、3分先行したグループ2を完全に飲み込みつつあったのだ。
SP10クラスには15台のGT-4マシンが参戦していたが、ティムがマシンを降りる時には12台のGT-4マシンを抜いていた。BMW M4 GT4やストンマーティン AMR GT4、ポルシェ・ケイマンGT4をトラック上で抜いていく姿は爽快だ。
2巡目の佐々木に交代する時、濃霧のため赤旗中断となった。この濃霧は深く深夜11時20分に中断後、主催からは翌日朝8時まではレースを再開しないことがアナウンスされた。これは関係者に休憩を取るように指示しているのと同じ意味がある計らいだ。
そして翌朝8時。まだ濃霧のまま。結局午後1時30分にオフィシャルから5周のフォーメーションラップを行ない、その時晴れていればレースを再開するが、濃霧のままの場合はその時点で終了するという情報がもたらされた。
そしてコンディションは回復せずレースは午後3時過ぎに終了し、WRXはクラス優勝を果たすことができた。また総合でも40位まで上がったもののフォーメーションラップ用の並べ替えで、追い抜いたGT-4勢が前に並べられたため51位という順位になった。だが12台のGT-4を追い抜いていたことは事実として残る。
だれもが乗りやすい速いマシン
チームは後片付けのあと祝勝会をおこなった。そこにはSTIの賚(たもう)社長も参加し、「初めてニュルのレース現場にきましたが、メカや関係者のみんなで勝ち取った勝利ということに感動しました」と祝福し、辰己総監督も「レースは、ドライバーが主役ではない、みんなが主役なんだ」とスタッフを祝福した。
こうして辰己の15回に及ぶニュルへの挑戦は終了し、後継者へ引き継ぐことになる。
レースが終わった翌日、アデナウにあるファクトリーで辰己はまた、こうも振り返っていた。
ーーニュルはフリー走行がなくて、レースウィークで走るのはいきなり予選だけでしょ?ティムは4月にWRXでレースしているけど、事前には乗っていない。それでWRX最速タイムを出している。凛太郎も初めての24時間でいいタイムを出している。孝太は2年ぶりのニュルでいきなりスタートドライバーだけど全く問題ない。カルロは去年のニュル以来WRXには乗っていない。それでもカルロはベストタイムを更新するし、孝太もティムも凛太郎も安定して走っている。
ーーだからね、WRXは『誰が乗っても乗りやすくて、実際に速く走れてレースができるクルマ』になっているんだと思う。これは俺がずっと目指してきたクルマ作りだから集大成できたんじゃない?
コースとタイヤに合わせドライバーのフィールだけに頼らない物理の極みなのかもしれない。
翌年に向けて後継者へアドバイスする立場になったりしないのだろうか。
ーーもう、外野から見てます。いろいろ口出ししたらまた俺のクルマづくりになっちゃうから。若い人が育ってきているし、彼らの挑戦を邪魔しちゃうことになるから関わらないようにして、あとは趣味の時間で過ごします(笑)
*敬称略
提供・AUTO PROVE
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