薬剤耐性を持った細菌の拡大により、多くの人々が犠牲になってきました。
この問題の解決策の1つに、「薬剤を用いずに細菌を殺す」ことが挙げられます。
最近、アメリカのジョージア工科大学(Georgia Tech)に所属するアヌジャ・トリパシ氏ら研究チームは、マイクロスパイクの表面と銅イオンの組み合わせにより、薬剤を用いずに細菌を殺すステンレス鋼を開発することに成功しました。
研究の詳細は、2024年5月20日付の学術誌『Small』に掲載されました。
マイクロスパイクと銅イオンを二重攻撃が表面に付着した細菌を殺す
私たち人類は、薬剤を使って細菌を殺してきました。
しかし、細菌たちも何とか生き延びようとしており、薬剤に耐性を持った「薬剤耐性菌」が登場するようになってきました。
そしてこの薬剤耐性菌は私たち人類を追い詰めています。
実際、2019年だけでも、薬剤耐性菌による感染症で127万人が直接死亡し、間接的な影響を含めると、さらに500万人が死亡したと報告されています。
こうした恐ろしい現象に対処していくため、トリパシ氏ら研究チームは、薬剤を用いずに細菌を殺す方法を探すことにしました。
しかし、実際に薬剤を用いずに細菌を殺すのは簡単ではありません。
細菌は、デンマークの学者ハンス・グラム氏によって考案されたグラム染色法により、「グラム陽性菌(ブドウ球菌、連鎖球菌など)」または「グラム陰性菌(大腸菌、サルモネラ菌など)」の2種類に大別されます。
トリパシ氏によると、「化学薬品を使わずにグラム陽性菌を殺すのは比較的簡単ですが、グラム陰性菌は細胞の膜が厚く、多層構造になっているため、簡単には殺せません」とのこと。
しかも、それらの細菌が表面に留まると急速に増加する恐れがあります。
そのため彼女は、「グラム陽性菌とグラム陰性菌の両方に効果があり、しかも化学薬品を使わない殺菌表面の開発を目指しました」と続けています。
そして今回、トリパシ氏ら研究チームが開発したのは、マイクロスパイク構造の表面に銅イオンを結合させたステンレス鋼です。
彼女らはまず、電気と化学的なプロセスを用いて、ステンレス鋼の表面にナノサイズの無数のスパイク構造を作りました。
細菌が表面に触れると、表面のスパイクが細胞の膜を突き破り、細胞を殺すのです。
加えて、表面に銅イオンを追加することで、この銅イオンが細胞の膜をさらに分解してくれます。
銅は、昔から抗菌作用があることで知られてきましたが、高コストなため、抗菌表面のためにはあまり使用されていません。
しかし今回の方法では、ステンレス鋼の表面に銅イオンの薄い層を堆積させるだけなので、素材の抗菌作用を損なうことなく、コストを大幅に下げることができています。
実験では、細菌に対するこの二重攻撃により、グラム陽性菌であるブドウ球菌が99%、グラム陰性菌である大腸菌が97%も減少しました。
この新しい表面加工を使用するなら、薬剤耐性に対処しつつ、多くの感染症を未然に防ぐことができるでしょう。
研究チームは、この新しい技術を、医療現場でよく使われるハサミやピンセットなど汚れやすい道具に利用できると考えています。
また、ドアノブや階段の手すり、さらにはシンクなどにも応用できるかもしれません。
加えてチームは、「ステンレス鋼製の食器などの製造プロセスにも簡単に組む込むことができる」と述べています。
薬剤を使わずに大腸菌を97%も減少させられるため、これにより多くのトラブルを防ぐことができそうです。
参考文献
This Modified Stainless Steel Could Kill Bacteria Without Antibiotics or Chemicals
Spiky stainless steel and copper delivers one-two punch to bacteria
元論文
Dual Antibacterial Properties of Copper-Coated Nanotextured Stainless Steel
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部