「未来での復活に向けて人間の脳を冷凍保存する」
そんなSF的アイデアの実現に一歩前進したようです。
中国・復旦(ふくたん)大学の研究チームはこのほど、低温凍結された脳組織を傷つけることなく解凍することに初めて成功したと発表しました。
本研究では、冷凍・解凍のプロセスを可能にする新たな化学薬品「MEDY」を開発したとのことです。
研究の詳細は2024年5月13日付で科学雑誌『Cell Reports Methods』に掲載されています。
脳細胞を傷つけずに解凍する薬品を開発!
人間の脳を冷凍保存するアイデアは古くから知られています。
しかし冷凍するだけなら訳ないのですが、問題は「解凍」の方にありました。
脳細胞の80%は水分でできており、一度凍らせると鋭い氷の結晶が発生し、それが細胞をズタズタに傷つけてしまうのです。
これと同じことは私たちが普段口にする生鮮食品でも見られます。
例えば、冷凍したお肉や果物を解凍すると少しドロッとしてしまいますが、あれは氷の結晶が細胞膜を破ってしまうからなのです。
そのため、研究サンプル用に脳組織を冷凍保存するとしても、解凍時に細胞が壊れてしまうので使い物になりませんでした。
そこで復旦大学の研究チームは今回、さまざまな化合物を用いて脳組織の冷凍実験を行い、どの化合物の組み合わせが脳を傷つけずに冷凍・解凍できるかを探りました。
実験では本物のヒト脳を大量に使うわけにはいかないので、代わりに「脳オルガノイド」を培養しています。
脳オルガノイドとは、ヒト幹細胞を利用して作製する「本物のヒト脳に似た構造を持つ小型の組織体」のことです。
脳疾患の原因を解明したり、その新薬を開発するための研究において活用されています。
そして実験では、脳オルガノイドを種々の化学薬品に浸し、液体窒素中で24時間凍結させました。
その後、脳オルガノイドのサンプルを温水中で迅速に解凍し、組織の損傷具合や機能の維持、細胞の成長などを細かくチェック。
これを何度も繰り返しながら、成績の良かった化学薬品を選りすぐっていき、さまざまに組み合わせを変えて冷凍・解凍テストを続けました。
その結果、チームは最終的に、メチルセルロース・エチレングリコール・DMSO・Y27632という4つの主要成分の組み合わせが最も成績が高いことを特定。
これらの頭文字を取って「MEDY」と名付けています。
チームはMEDYを用いて、培養4週間〜3カ月以上までのさまざまな年齢の脳オルガノイドを冷凍・解凍して、数週間にわたり観察を続けました。
すると驚くべきことに、MEDYで冷凍保存された脳オルガノイドはどの培養期間のサンプルでも、細胞に損傷のない状態で解凍されていたのです。
加えて、冷凍保存を受けていない通常の脳オルガノイドと同等の機能や成長パターンを示しました。
さらに中には、18カ月間の長期にわたって冷凍保存しても無傷のまま解凍された脳オルガノイドも確認できています。
それだけでなく、チームは実際のてんかん患者から採取した脳組織のサンプルをMEDYで冷凍してみました。
その結果、実験用の脳オルガノイドと同じように、細胞に傷を負うことなく解凍することに成功したのです。
これは非常に重要な成果であり、今後の医学研究のために脳サンプルを冷凍保存できるようになることを意味しています。
MEDYはおそらく、当面の間は脳疾患の研究や新薬の開発を進めるための脳サンプルの冷凍保存のために応用されるでしょう。
しかし一方で、人間の脳を一時的に冷凍保存し、数百年後の未来世界で復活させるというSF的アイデアの実現にも大きく前進する知見になると期待されています。
参考文献
Frozen human brain tissue works perfectly when thawed 18 months later
Chinese scientists move closer to bringing cryogenically frozen humans back to life – after brain tissue is thawed without damage
元論文
Effective cryopreservation of human brain tissue and neural organoids
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部