失われた言語能力は「歌うこと」で蘇る可能性があるようです。

フィンランド・ヘルシンキ大学(University of Helsinki)の研究チームはこのほど、脳卒中患者によく見られる「失語症」の症状が歌うことで回復できることを示しました。

研究では歌のリハビリを4カ月続けた結果、言語領域にある灰白質の体積が増加したり、言語ネットワークの接続性が大幅に改善したという。

これはコストのかからない効果的な治療法として期待できます。

研究の詳細は2024年4月30日付で医学雑誌『eNeuro』に掲載されました。

失語症は「歌うこと」で治せる?

脳卒中(脳血管障害)は、脳の血管が詰まったり、破れることで脳機能に障害が出る疾患です。

特に脳卒中を起こした人によく見られるのが「失語症」で、実に約40%の患者が何らかの失語症を発症するとされています。

失語症とは「話す」「聞く」「読む」「書く」などの言語機能が損なわれる疾患です。

私たちは通常、本を読んだり、誰かと会話する際に、文章の内容や言われたことを脳内で理解し、さらにそれに対する意見や返答を考えて、文字に起こしたり口を使って発話しています。

ところが大脳にある言語領域に障害が発生すると、この一連のプロセスが阻害されてしまうのです。

これにより例えば、読んでいる文章の意味が理解できなかったり、言いたい言葉が出てこなくなったり、今まで行っていた文字の読み書きができなくなります。

失語症は患者の生活の質を落とすだけでなく、他者とのコミュニケーションの障害となって社会的に孤立させる危険性があるため、非常に懸念すべき問題です。

失語症は患者を社会的に孤立させる恐れも
失語症は患者を社会的に孤立させる恐れも / Credit: canva

そんな中、ヘルシンキ大学の新たな研究で、失語症による言語能力の低下は「歌うこと」で回復できることが示されました。

チームは今回、ヘルシンキ在住の脳卒中を原因とする失語症患者28名を対象に、歌うことのリハビリ効果の検証を行っています。

患者は18歳以上の男女で、全員がフィンランド語の話者であり、脳卒中により失語症を発症してから6カ月以内となっています。

これらの被験者を歌唱リハビリに参加する13名とリハビリに参加しない対照群の15名に振り分けました。

歌のリハビリはごくシンプルで、複数人で合唱するグループトレーニング(週一回・各回90分・合計で24時間)タブレット端末を介した自宅での個人トレーニング(週三回・各回30分・合計24時間)の2種類で、これを4カ月間にわたり続けています。

その結果はチームの予想した以上に効果的なものでした。

まず、歌唱リハビリに参加した被験者はそうでない対照群に比べて、前頭葉の言語領域にある灰白質の体積が増加しており、さらに言語ネットワークにおける神経回路の接続性が大幅に改善されていたのです。

こうした脳内の構造的な変化はちゃんと言語能力の回復と関連して現れていました。

つまり、歌うことは傷ついた脳組織を根本から修復しながら、患者の言語能力を回復させることができたのです。

歌唱リハビリ群(白)はリハビリに参加しなかった群(灰色)に比べて、言語領域の灰白質の体積が増加していた
歌唱リハビリ群(白)はリハビリに参加しなかった群(灰色)に比べて、言語領域の灰白質の体積が増加していた / Credit: Aleksi J. Sihvonen et al., eNeuro(2024)

今回の成果について、研究主任のアレクシ・シーヴォネン(Aleksi Sihvonen)氏は「失語症患者の歌唱によるリハビリテーションが、脳の可塑性に基づいて症状を改善させることを実証した初めてのものです」と話しました。

加えて、歌うことは従来の治療に比べて、リハビリにかかるコストや通院の必要性を大幅に減らすことができるため、非常に費用対効果の高い治療法として期待できます。

患者は自分ひとりでも、あるいは家族や友人と一緒に楽しみながらでも、失語症の治療を進められるようになるでしょう。

参考文献

Singing repairs the language network of the brain after a cerebrovascular accident

元論文

Structural Neuroplasticity Effects of Singing in Chronic Aphasia

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部