虫を食べる「食虫植物」の中には、粘液を分泌して虫を捕獲するものがいます。

オランダのヴァーヘニンゲン大学(WUR)に所属するトーマス・E・コッジャー氏ら研究チームは、食虫植物から着想を得た粘着性殺虫スプレーを開発しました。

このスプレーを様々な植物や畑全体に散布することで、それらすべての植物が小さな害虫を捕らえるようになります。

研究の詳細は、2024年5月13日付の科学誌『PNAS』に掲載されました。

食虫植物にインスピレーションを受けた害虫を捕らえる粘着スプレー

農家にとって作物を荒らす害虫たちは敵です。

しかし、従来の農薬のほとんどは、人体や環境に悪影響を与えてしまいます。

食虫植物のモウセンゴケ
食虫植物のモウセンゴケ / Credit:Canva

そこでコッジャー氏ら研究チームは、より人や環境に優しい代替品を求めて、食虫植物のモウセンゴケ(学名:Drosera rotundifolia)に着目しました。

モウセンゴケは、葉の線毛から粘液を出して、虫を捕らえます。

この粘液には消化液も含まれており、これによってモウセンゴケは捕らわれた虫をゆっくりと分解し、養分を吸収していくのです。

研究チームは、このモウセンゴケの粘液を再現することにしました。

植物性のこめ油を実験用ミキサーで細かく分解し、直径1mmの粘着粒子を作ったのです。

これらの粒子の表面には、ナノスケールの凸凹があり、これによってダクトテープと同じくらいの粘着力が得られます。

植物に粘着粒子を噴霧する
植物に粘着粒子を噴霧する / Credit:Thomas E. Kodger(WUR)_Scientists develop sticky pesticide to combat pest insects(2024)

そして、この粘着粒子の溶液は、殺虫スプレーとして役立ちます。

研究チームが、粘着粒子の溶液を植物の葉に噴霧したところ、この小さな球体は雨にも耐えて、少なくとも3カ月以上は葉に付着したままになりました。

その間、葉にとまった小さな害虫は粘着粒子に引っかかって動けなくなり、すぐに死んでしまいます。

この粘着スプレーを使用するなら、どんな植物であっても、一時的に食虫植物のような体を得て、近づく害虫を殺すことができるのです。

ちなみに、粒子のサイズが小さいため、蜂や蝶などの大きな益虫(メリットをもたらす虫)が、ひっかかることはありません。

主なターゲットは、アザミウマ(学名:Thysanoptera)と呼ばれる体長1mm以下の害虫なのです。

アザミウマのような小さな害虫がターゲット
アザミウマのような小さな害虫がターゲット / Credit:Thomas E. Kodger(WUR)_Scientists develop sticky pesticide to combat pest insects(2024)

このアイデアは害虫駆除には効果的かもしれませんが、私たちや環境には悪影響を及ぼさないのでしょうか。

研究チームによると、果実や穀物が実る前に殺虫スプレーを散布することが望ましいようです。

しかし、仮に果実や穀物に付着したとしても、水と食器用洗剤で簡単に洗い流すことができます。

そしてたとえ摂取したとしても、「植物油から作られているため、私たちがいつも使っている揚げ油と同じくらいの害しかない」とのこと。

今後研究チームは、新しい殺虫スプレーが人体や環境にどれほどの影響をもたらすのか、より深く研究していく予定であり、商業化のための企業の設立も目標にしています。

もしかしたら近いうちに「環境に優しい粘着スプレー」が登場するかもしれませんね。

その時には、「噴霧された植物を触るとべたべたするのか」「虫の死骸がたくさん張り付いた植物になってしまうのか」などの疑問も解消されることでしょう。

参考文献

Scientists develop sticky pesticide to combat pest insects

Sundew-inspired spray may turn crop plants into pest-catchers

元論文

Mimicking natural deterrent strategies in plants using adhesive spheres

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

ナゾロジー 編集部