どこまでも追い続けます。
カナダのトレント大学(Trent University)で行われた研究により、エネルギーコストの実践的な計算が行われ、ランニングをしながら行われる人類の「持久狩り」が、他の狩りを上回るエネルギー効率をもっていたことが示されました。
人類の肉体も持久狩りに特化した進化をしていることから研究者たちはおよそ240万年前から人類は疲れて動けなくなるまで追い続け、トドメをさしていたと結論しました。
24時間で160キロを走破するウルトラマラソンやトライアスロンのような過酷な持久戦をスポーツとして楽しむ能力は、人類を地球の覇者に追い上げたと言えるでしょう。
研究内容の詳細は2024年5月13日に『Nature Human Behaviour』にて発表されました。
人類は「持久狩り」にあわせて肉体を進化させてきた
人間の身体能力は他の動物と比較すると、それほど優れているわけではありません。
私たちは最速でもなく、最強でもありません。
しかし、持久力に関しては、私たち人間は動物界でトップクラスの能力を持っています。
たとえばウルトラマラソンでは、選手たちが24時間で160キロメートル以上を走ることも珍しくありません。
これは他の動物には見られない持久力です。
鹿や馬や象そしてそれらを狩るライオンやチーターは人間よりも早く走ることが可能ですが、24時間に渡り走り続けるような能力はありません。
実際、人間の持久力に匹敵する動物はほとんど存在しないと言っていいでしょう。
なぜ人間は持久力だけが突出して高くなるように進化したのでしょうか?
トレント大学の研究者たちは、人間の持久力が進化した理由について興味深い研究結果を発表しています。
研究者らは、1500年代から2000年代にかけて、世界中の先住民族によって行われた「持久狩り」や「持久走狩猟」と言われる狩猟法に関する記録を調べました。
「持久狩り」とは獲物が疲れて動けなくなるまでひたすら追い回す狩猟法です。
この狩猟法のターゲットにされた獲物たちは、水を飲んだりエサを食べたりする暇を許されず、文字通り死ぬまで追い続けられます。
すると世界中の272カ所から400件余り「持久狩り」に関する情報が得られました。
対象となった地域は熱い地域、寒い地域、湿った地域、積雪がある地域など実にさまざまでした。
これらのデータは、人類にとって耐久狩猟は極めて一般的な狩猟法であることを示しています。
では、エネルギーの観点からみて、持久狩りは有用な手段だったのでしょうか?
これまでの研究でも、人類は持久力を武器にしてきたという言及がみられましたが、消費エネルギーの観点からそれが収支にあった狩猟法であるかは疑問視されていました。
そこで新たな研究では、さまざまな地域で行われる持久走によって消費されるカロリーと、狩猟に成功した場合に得られるカロリーの差が計算されました。
すると驚くべきことに、走りながらの持久狩りの効率が他の狩猟法と比べて同等かそれ以上に効率的であることが示されました。
また新たな研究ではウォーキングとランニングの「実践的」なコスト差も調べられました。
というのもランニング追跡によって節約できる時間は、実践的な狩りでは大きな影響を与えるからです。
たとえば歩くと 4 時間かかるところを、ランニングで 2 時間節約できるとしたら、費やした時間に対する純利益率はほぼ 2 倍になります。
余った 2 時の間に追跡者は、別のもっと効率のいい獲物を見つけたり、他の重要な活動に投資したりもできます。
交代で休むことができれば、一方的に人類側だけが疲労を回復させることもできます。
経済的な観点から言えば、これは機会費用の利点です。
研究ではランニングによって得られた時間的な余裕を考慮に入れた計算が行われたところ、ウォーキングとランニングの正味のコスト差はほぼないことが示されました。
以上の結果から研究者たちは、長距離ランニングを取り入れた「持久狩り」は人類にとって標準的な狩猟法であったと結論付けています。
具体的には、持久狩りを主要な狩猟法としてきた結果、人類は体温調節を改善するための発汗量の増加、より効率的なエネルギーの貯蔵と放出のためのアキレス腱の発達、さらには持続的な有酸素活動のための呼吸器系の変化など、さまざまな生理学的および解剖学的特徴の発達に影響を与えたと考えられます。
マラソンやウルトラマラソン、トライアスロンなど極めて高度な持久力を要する競技が存在するのも、人類が持久狩りにあわせて肉体を進化させてきた結果だと言えるでしょう。
参考文献
Did humans evolve to run long distances?
元論文
Ethnography and ethnohistory support the efficiency of hunting through endurance running in humans
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部