山崎製パンの千葉工場(千葉市美浜区新港)で24日、女性アルバイト従業員(61)がベルトコンベヤーに胸部を挟まれ死亡するという事故が起きた。車両や大型機械の製造工場、製鉄所などと比べ、一般的には危険というイメージが薄い食品工場だが、「意外にも危険な事故が起こりやすい環境」(食品メーカー関係者)だという。28日付「集英社オンライン」記事によれば、事故にあったのは同工場に20年近く勤務するベテラン従業員だったということだが、安全管理を徹底しているはずの大手食品メーカーで、なぜこのような重大事故が起きたのか。業界関係者の見解を交えて追ってみたい。

 事故が起きたのは土曜日にあたる24日の午前10時半ごろ。詳細原因などはわかっていない。前出「集英社オンライン」記事によれば、亡くなった従業員は和菓子の作業ライン担当だったとみられる。食品メーカー関係者はいう。

「食品工場には大型の食品製造機械が数多く設置されており、作業者が巻き込まれたり、挟まれたりといった事故が起こりやすい。原因としては、作業者の高齢化に伴う俊敏性の衰え、非正規雇用者や外国人労働者の増加で安全対策の講習が十分に行われないことなども挙げられます。

 巻き込まれ事故の多くは機械の稼働中に発生します。清掃時は電源を切るのが原理原則ですが、清掃時の電源の切り忘れが原因の事故が多いといわれます。海外製の機械では、非常停止ボタンがいたるところに設置されたり、2人同時にスイッチを押さなければ起動しないといった対策を施されたものもあります。装置の稼働領域に身体の一部が入ると光電管検出などによって非常停止するような工夫を行っている食品メーカーもあります。

 転倒事故がもっとも多いのは食品メーカーだと思います。作業場床面の水や油分によって長靴が滑りますし、熱湯を用いるので火傷も頻繁に発生します。そのため、ゴムエプロンと長靴の隙間から熱湯が入らないよう作業者同士でチェックを行います」

 農林水産省の調査によれば、2019年の1年間に食料品製造業の「新たな製品の製造加工を行う事業所」「工場、作業所」で発生した作業事故は7969件、そのうち死亡事故は16件、重篤事故は3672件。食品工場での事故頻度は低くはない。事故を防ぐためにメーカーはどのような取り組みを行っているのだろうか。

「基本的には作業者自身が注意するしかないのですが、現場管理者や経営層による安全衛生のための見回り、危険個所の指摘、いわゆるKY(危険予知)活動を定期的に実施しています。KY活動の内容は全社的に水平展開して、同様の事故が起こる可能性はないかといった点について、各職場のリーダーがミーティングを実施します。このほか、労災やヒヤリハットの事例は細かい報告書を作成し、グループ会社も含めて情報を共有します。

 こうした取り組みを行っても、労災は必ず起こります。それをゼロに抑えるためには、作業者の意識改革と共に経営層の本気の姿勢が必要です。それでもゼロに抑えるのは至難の業です」

「大手の山崎製パンですら重大事故が起きた」という事実

 製パン業界最大手の山崎製パンは、「ダブルソフト」「薄皮シリーズ」「ランチパック」「ナイススティック」「ホワイトデニッシュショコラ」「ミニスナックゴールド」など長寿シリーズを多数抱え、年間売上高は1兆円を超える。手掛ける商品は食パン、菓子パン、サンドイッチなどのパン類に加え、菓子類、飲料類など幅広い。このほか、コンビニエンスストア「デイリーヤマザキ」やベーカリーショップの運営なども行っている。

 業界を代表する大手だけに、食品の安全・衛生管理には注力している。「食品安全衛生管理本部」を設置し、本社・工場で計約450名の専門スタッフを配置。以下の3つからなり、全工場に部門直轄の組織を設けている(以下、同社公式サイトより引用)。

・食品衛生管理センター
 安全・安心な製品をお客様にお届けするための原材料や製品の細菌検査、理化学検査、保存検査などの各種検査や製品表示の確認、工場内の衛生指導、従業員教育を行っています。

・食品品質管理部
 異物混入防止を中心とした食品安全対策に取り組んでおり、科学的な基準に基づいた製造設備の清掃及び点検・改善の実施と、現場清掃の支援・指導を行っています。

・お客様相談室
 お客様からのお問い合わせへの対応やお寄せいただいたご意見、ご要望を製品開発や製造現場へ届ける役割を担っています。

 また、安全な食品を製造するためにとらなければならない行為のガイドラインであるGMP(適正製造規範)を重視した食品安全管理システムとして「AIBフードセーフティ指導・監査システム」を導入。同社は公式サイト上で

「原材料の受入、移動、保管、輸送、加工や最終製品を配送する工程において、従業員、生産工程や環境が食品安全上の問題を引き起こさないことに、施設は自信を持つ必要があります」

と記述している。

 そんな山崎製パンでなぜ今回のような重大事故が起きたのか。

「山崎製パンの工場は24時間365日稼働ですが、同社に限らず大手食品メーカーの工場は違法な働かせ方をしないよう厳しく労務管理しているので、過度な長時間労働や休憩時間が取れないといったケースは考えにくい。また、特に近年は人手不足で作業者を確保しにくい状況であり、工場内で事故が起こり人を集めにくくなったり、辞める人が増えると企業側が困るので、安全管理はしっかりしていたと考えられます。それでも一定の確率で事故が生じるのは避けられず、『大手の山崎製パンですら重大事故が起きた』という事実が食品工場の危険性を物語っています。

 今回の事故は、作業服か体の一部がベルトコンベヤーに巻き込まれてしまい、安全装置がうまく作業しなかったのか、緊急停止ボタンを押すのが間に合わなかったのか、もしくはその時に現場周囲にいた作業員が緊急停止ボタンの場所や操作方法を知らなかったという可能性が考えられます」(食品メーカー関係者)

 同様の事故の再発防止には情報開示が欠かせないと別の食品メーカー関係者はいう。

「安全対策には終わりがありません。個人情報保護の問題もあるとは思いますが、厚生労働省が可能な限り事故の情報を開示し、業界全体に水平展開してほしいと思います。企業によって温度差が生じないようにすることが大切だと思います」

 山崎製パンはメディア各社の取材に対し「調査中」などとして事故の原因を公表していない。

「労働基準監督署やご遺族への説明を優先しなければならないという事情は理解できますが、業界最大手という企業責任もあるため、いつまでも沈黙を守るのは信用維持や風評被害の回避という面ではよくない。どこかで区切りをつけて情報を公開する必要があります」(別の食品メーカー関係者)