精神分析学の道を開いたジークムント・フロイト(1856~1939年)はその論文「精神分析の困難」(1917年発表)の中で「人間の意識の素朴なナルシシズムが科学的知識の歴史的進歩によって受けた三つの大きな打撃」と表現し、人類が過去3回、侮辱を受けてきたと指摘、万物の霊長・人類がその名誉と威信を失うプロセスを描写している。それを独語でKrankungen der Menschheit(人類の侮辱)と呼んでいる。
最初の侮辱は、イタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイ(1564~1642年)が地球も他の惑星と同様に太陽の周りを回転しているというニコラウス・コペルニクスの地動説を正しいと主張した時だ。その結果、ガリレオ・ガリレイは宗教裁判で有罪判決を受け、終身禁固刑となった。キリスト教会を中心に当時、太陽も他の惑星も地球の周りを回転しているという天動説が支配的だった。ガリレオ・ガリレイが地球静止論を否定し、地動説を主張した時、神の創造説をもとに天体が地球の周囲を回っていると主張してきたキリスト教会は文字通り、足元が崩れ落ちるのを感じた(宇宙論的侮辱)。
ガリレオ・ガリレイの話は科学と宗教の対立の典型的な例としてよく引用されてきた。ローマ・カトリック教会の故ヨハネ・パウロ2世は1992年、ガリレオ・ガリレイの異端裁判の判決を「教会の過ち」と認めた。1633年のガリレオ異端決議から1992年のガリレオの名誉回復まで359年の歳月がかかった。なお、コペルニクスは1543年に地動説を主張したが、ガリレオ・ガリレイが1632年に「天文対話」の中で地動説を支持するまで、コペルニクスの名や地動説は社会には知られていなかった。
2回目の侮辱は、旧約聖書の創世記の天宙創造説によれば、神は創造の最後に自身の似姿としてアダムとエバを創造したことになっていた。しかし、チャールズ・ダーウィン(1809~1882年)の進化論が出現して、ホモ・サピエンスが生まれる前に多くの種が存在してきたというのだ。ダーウィンの1859年の「種の起源」は当時、大きな反響をもたらした。現生人類が誕生する前にネアンデルタール人などが存在し、悠久な歴史の流れの中で、変化に最も適応してきた種が生き残ってきたというのだ(生物学的侮辱)。