中絶問題における重要な問題は「生命の定義」だ。何の権利によって命を除外したり、排除したりできるかという点だ。生まれてくる人の権利を完全に無視して、他の人の権利を優先することは、明らかに文化の後退であるという主張はキリスト教関係者に多く聞かれる。

教皇庁生命アカデミーのバーリア大司教は「私たちは生まれてくる命に対する共同責任を再発見しなければならない。マザー・テレサは妊婦たちに『子供たちを産んでください、私が面倒を見ます』と言っていた。非常に多くの女性が、おそらく経済的、心理的、あるいは別の種類の問題を抱え、孤独で誰にも助けが得られないために中絶をしている。『私』を美化し続ける文化ではなく、『私たち』の文化を目指さなければならない。この『私たち』は人間性、連帯、友愛の本質であり、したがって正義でもある」と述べている。傾聴に値する見解だ。

ドイツでは12週間以内の中絶は違法であるが罰せられない。「生きる権利」と「女性の自己決定権」の賢明なバランスといわれている。ちなみに、米西部アリゾナ州最高裁は今月9日、1864年に制定された人工妊娠中絶を禁止する法の施行を認める判断を下している。同法では、母体の健康に危険がある場合以外は中絶が禁止されている。

なお、欧州諸国の大半で中絶は合法化されているが、一部のEU加盟国は中絶を制限している。カトリック教徒が多い東欧ポーランドでは、強姦などによる妊娠や母体の健康に危険が及ぶ場合などを除き中絶を法律で禁止してきた。ポーランドの憲法裁判所は2020年10月22日、胎児に障害があった場合の人工妊娠中絶を違憲とする判決を下した。同決定に反対する女性や人権擁護グループが抗議デモを行った。

ポーランドで昨年10月総選挙が実施され、同年12月、保守政党「法と正義」(PiS)からリベラルな市民連合のドナルド・トゥスク氏を主導する新政権が発足した。新政権は選挙公約で現行の中絶厳禁法の改正を表明してきた(リベラルな「市民連立」、中道右派「第3の道」、「新左派」の3政党から構成されたトゥスク政権内で中絶法改正問題でまだコンセンサスがない)。同国ではローマ・カトリック教会の影響が強く、中絶問題でも厳しい制限を施行してきたが、教会への影響が近年減少し、聖職者の性犯罪問題の影響もあって教会の権威は失墜している。

欧州議会の本会議場(ストラスブール)(Wikipediaから:編集部)

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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