アイレク共和国は、ニカラグア・コシウタリカ間の国境に、 1995年6月26日から28日までのわずか2日間だけ存在していた国である。正式な国家承認を受けていないため「ミクロネーション」(ミクロ国家、自称国家) として扱われているが、 事実上世界最短で消滅した国であったと言われている。
アイレク共和国は、 面積にして約440平方kmの土地を国土として独立宣言をした。 国土の大半は湿地帯のジャングルであるこの土地は、もともと農業を営んでいた人々が生活を送っていたが、 独立宣言をしたのは彼らではなくニカラグアから流入してきた移住 者たちであった。
1980年代末から90年代前半にかけて、100軒程度せいぜい多く見積もっても500人程度であったこの地域の人口は、移住によって5000人という数にまで増加していった。彼らは、木材の伐採やワニ革を目的として利益を得ようと考えて押し寄せて きた人々であった。
この事態を重く見たニカラグア政府は、1990年に湖の南岸を自然保護区に設定し、森林の伐採やワニの捕獲を禁止することとした。だが、ジャングルでの経済活動を続けていくつもりであった移住者たちはこれに反発し、その手段として選んだのが独立宣言であった。
一見、移住者たちによる不法占拠のようにも見えるが、そもそも彼らが独立国家として宣言したその土地(領土)は、コスタリカとニカラグアのどちらにも属しているか曖昧であった空白地帯であった。これは、杜撰な測量調査によって生まれてしまったものである。
国境線自体は1850年代に画定していたが、ワニの生息地という事情からまともな立ち入りができずにいた。そして、1905年になっていざ調査となったその時は、増水期で湖の水が溢れ、 ワニや毒蛇までも大量発生している状況下にあり、国境線に接近して正確な調査を行なうことができなかった。その際、なんと調査隊は本来の国境線から南へ6kmほど離れた場所に国境 線を示す石標を立ててしまったのだ。結局、このいい加減な測量は事実として残ってしまい、正確な国境石標であると誤解されるようになった。本来、この空白地帯はニカラグア領であるはずだったのだが、移住者たちは前述の背景を根拠として、この土地がいずれの国にも属していないことを主張した。当時その土地に住んでいた人々は、アイレク共和国が独立を宣言したという事情も知らず、中には先祖代々コスタリカ人であると思って生活していた人々まで いたという。移住者の多くは、ニカラグアで活動していた団体「 サンディニスタ」や「コントラ」の元ゲリラ兵士たちであった。
このため、自動小銃やロケット砲などの兵力を保有しており、「主権を侵害する者があれば武力で撃退する」と意気込んでいた。しかも、彼らはかつて左翼・右翼のゲリラ兵としていがみ合っていた関係であったのだが、自分たちの生活のためにニカラグア政府に立ち向かうという協力関 係を持つこととなったのだ。こうした事情から、この独立国には現地のインディオの言葉で「友情」を意味する「アイレク」の名が冠されたのだ。
だが、結局彼らは抵抗しないままニカラグア軍に制圧されることとなる。また、ニカラグア政府が長年に渡りこの地域を治めてきたという既成事実をコスタリカ政府が認め、かつて測量隊が立てた国境石標は正式な国境線であると認められることになった。アイレク共和国であった土地は、 ニカラグアの領土という決着がついたのだ。
余談であるが、このアイレク共和国の後継を称する「倭国領アイレク共和国」なるものがあるという。オフィシャルサイトにおいて、「2022年9月27日にニカラグアとコスタリカまた日本からの独立を宣言しました」と称するこの国らしきものについては、ほとんど情報が存在していない。HP自体がジョークである可能性は充分に考えられるが、ニカラグアとコスタリカの国境を発端としたアイレク共和国に、なぜ日本をも加えたのかは全く持って謎である。
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【文 ナオキ・コムロ】
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提供元・TOCANA
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