北海道平取(びらとり)町にある「ハヨピラ自然公園」は、昭和40年前後、宇宙友好協会(CBA) によって作られた施設の廃墟である。当初は、ハヨピラの太陽ピラミッドとして建設されたものであったが、CBAの会員のみによって土木作業そのものが行なわれたこと、そして会長であった松村雄亮の発病によって協会自体が急速に衰退 したことで、一時平取町が自然公園として開放されていた。現在は立ち入り禁止となっており、廃墟となったその姿を遠望できるにとどまっている。
CBAの会長であった松村は、当時日本でも数少ないコンタクティとして知られた人物であり、 影響力を持っていた人物でもあった。彼は、元々航空業界のジャーナリストとして活動しており、その関係でいわゆる「空飛ぶ円盤」の情報にも多く触れるようになっていった。1957年1月に、日本で初めてUFOを撮影した人物であるとも言われている。
松村は数人のメンバーと共にCBAを結成し、1959年には筑波山山頂で円盤観測会を行なっている。この観測会は、作家である三島由紀夫も参加したと言われている。その後彼は、テレパシーによって宇宙連合の長老とのコンタクトに成功したと称し、「近いうちに地球の大変動が起こる」 という終末予言を行なうようになった。UFOを呼ぶ呪文「ベントラ」 を日本で最初に広めたのはこの団体であると言われている。だが、その後協会内部の情報リークが詩人で評論家の平野威馬雄( ひらのいまお) によってなされたことによって内部抗争が発生してしまい、 一時彼は代表の座を降りることとなった。
1960年前後、 いくつかのコンタクティ本を出版していたCBAと松村の溝は深まることとなった。その後、 主要メンバーが脱退したことで再び代表となった松村は、協会からの離反者などに対して陰謀論的な傾向を強め、 やや好戦的な団体として認知されていくようになっていった。 1963年になると、CBAは強行的な活動を始める。この年にハヨピラのピラミッド建設を発表しているが、 その前には熊本県山鹿市のチブサン古墳に、古代太陽王国の宇宙文明遺跡を顕彰するアーチと看板を取り付けて いた。しかし、これらアーチや掲示板は山鹿市の教育委員会から撤去を求められ問 題となった。そして翌年には、会員を動員してのハヨピラ・ ピラミッドの建設が始められた。
そもそも、ハヨピラとはアイヌ語由来の地名であり、「オキクルミカムイ」 というアイヌの神の伝承が残る由緒ある土地として地域の人々に知 られていた。オキクルミカムイは、魔物と戦い人間に知恵を授けた神と伝承では言われているが、これがおそらく人類への恩恵を与えた地球外の生命体というインス ピレーションと重ねられたのだろうか、CBAによってこの神が着目されることとなった。そして、敷地が買収されたことで建設が本格的に行なわれるに至ったのであ る。
その建設の意図は、「地球の指導と援助などといった恩恵を与えてくれた” 宇宙のブラザー”に対する感謝の意を表す金字塔」であるというものだという。だが、冒頭にも話した通りその後CBAの力は衰え、 そして施設諸共放置されてしまうこととなった。団体も自然消滅してしまった現在、 その団体の名前と共にその友好は途絶えてしまったのだろうか。
【参考記事・文献】
一柳廣孝編『オカルトの帝国』
平取のUFO基地「ハヨピラ」に行ってきた
日高のUFO特集!「世界の何だこれ!?ミステリー」
【本記事は「ミステリーニュースステーション・ATLAS(アトラス)」からの提供です】
【文 ナオキ・コムロ】
文=ナオキ・コムロ(ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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提供元・TOCANA
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