生まれつき耳の聞こえない赤ちゃんが、遺伝子治療によって聴力を取り戻しました。

イギリス南部・オックスフォードシャーに住む1歳半のオパール・サンディ(Opal Sandy)ちゃんは、遺伝的な欠陥により両耳の聴力を失った状態で生まれています。

しかし最近、英ケンブリッジ大学病院(CUH)と米国のバイオテクノロジー企業・Regeneronによる最新の遺伝子治療を通じて、右耳の聴力の完全な回復に成功しました。

今回使用した遺伝子治療で聴力を回復したケースは世界初とのことです。

遺伝子治療で「聴力」が回復!

オパールちゃんは生まれつき音を脳に伝えることができない「聴覚神経病症」を患っています。

これはOTOF遺伝子が「オトフェリン」というタンパク質を作れないことが原因です。

オトフェリンがないと、耳の細胞が聴覚神経に音を伝えることができなくなります。

つまり、耳に音が入っても、その情報を脳に伝える経路が遮断されているので音が聞こえないのです。

同じ難聴を患う人はアメリカやイギリス、ドイツ、フランス、スペイン、イタリアなどで約2万人いると推定されています。

手術を受けた時のオパールちゃん(当時、生後11カ月)
手術を受けた時のオパールちゃん(当時、生後11カ月) / Credit: CUH – Baby born deaf can hear after breakthrough gene therapy(2024)

そんな中、オパールちゃんは2023年9月に、ケンブリッジ大学病院の主導する臨床試験に参加し、Regeneronが開発した遺伝子治療を受けることになりました。

これは正常な機能を持つOTOF遺伝子のコピーを耳の細胞に直接注射することで、欠陥のある細胞と入れ替えるという治療法です。

手術はオパールちゃんが生後11カ月の時点で行われました。

全身麻酔をかけて眠らせた後、右耳の中に穴を通して治療液を注入する方法が採られています。

手術自体はわずか16分で終わりました。

手術中の様子
手術中の様子 / Credit: CUH – Baby born deaf can hear after breakthrough gene therapy(2024)

その結果、医師たちも驚くほどの治療効果が見られました。

オパールちゃんは手術から3週間後には音が聞こえるようになり、大きな音に反応して振り返るようになったのです。

母親のジョー・サンディ(Jo Sandy)さんも「オパールが初めて私たちの拍手を聞くことができたとき、本当に信じられない思いでした」と話しています。

さらにオパールちゃんの聴力は継続して改善していき、術後24週のテストではささやき声も聞き取れるほど聴力が正常レベルまで回復していることが確認できたのです。

また耳が聞こえるようになったためか、オパールちゃんは発話も積極的に始めており、両親の声に反応して「パパ」や「バイバイ」と言葉を伝えられるようになったといいます。

オパールちゃんと両親のジョーさんとジェームズさん
オパールちゃんと両親のジョーさんとジェームズさん / Credit: CUH – Baby born deaf can hear after breakthrough gene therapy(2024)

ケンブリッジ大学病院の医師で、臨床試験の責任者であるマノハール・バンス(Manohar Bance)はこう述べました。

「これらの結果はとても素晴らしいものであり、事前に予想されていた以上の成果を挙げました。

遺伝子治療は何年も前から難聴治療の未来として期待されていましたが、私たちはそれがついに実現したことに興奮しています。

今回の成果が、先天的な難聴を患う人々のための新たな治療法として確立されることを願っています」

同様の臨床試験は今後、オパールちゃんの他にアメリカやイギリスで最大18人の患者を対象に行われる予定とのことです。

この遺伝子治療の効果や安全性が確立されれば、近い将来、世界中で同じ治療が受けられるようになるでしょう。

こちらの動画ではオパールちゃんが音に反応して振り向く様子がご覧いただけます。

参考文献

Baby born deaf can hear after breakthrough gene therapy

Deaf toddler has hearing restored after world first gene therapy trial that could be ‘potential cure’

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部