高いクオリティ追求の弊害

 食品メーカーのなかで山崎製パンは事故が多いほうなのか。同社の元従業員はいう。

「他社と比べて多いのかどうかは、正直なところよく分かりませんが、指を切断しまうといった事故はあります。食品工場と聞くと大部分が機械化・自動化されていて人間は機械の操作や管理をメインでやっていると想像されるかもしれませんが、山崎製パンに限っていえば、人手による作業が結構多い。たとえば大きな円形でグルグル巻き状の『ミニスナックゴールド』や、中に板状のチョコが入った白いデニッシュの『ホワイトデニッシュショコラ』も実は人手でパン生地を巻いています。

 人手作業が多い理由は、高い品質を維持するためです。そもそもパン生地は粘土より柔らかく、くっついたりするので扱いが難しく、またパンは生地を焼いて膨らませるという性格上、生地と生地の間の微妙な隙間の違いが食感の差を生み、生地を重ね合わせる際も硬く重ねるのか“ふんわり”重ねるのかで出来栄えが変わってきます。定番商品であればあるほど固定客がいるため、少しでも食感や味が変わると『あれ?』と不満を持たれてしまうので、その微妙な匙加減は人手に頼る必要があるのです。加えて、同じ商品は同じ見栄え、同じ量にそろえる必要があり、どうしても人手での調整が必要になってきます。

 このように非常に手間がかかる一方、1個100円そこそこで売らなければならず、利益を出すためには膨大な量を販売する必要があるため同社の工場は24時間稼働となっています。よりクオリティの高い商品をより安価に販売する努力というのは企業としては正しいのかもしれませんが、結果的にそれが異常なほどの効率優先主義を生み、ベルトコンベヤーを止めにくい空気やケガでも出社を余儀なくされるほどの人員逼迫を招いているのかもしれません」

 ちなみに同社はかつて当サイトの取材に対し、「ミニスナックゴールド」は作業員ひとりで1時間あたり約1000個を成形し、14の工場から1日平均約8万個を出荷していると説明している。つまり製造ラインが1時間止まるだけでも約1000個、製造数が減ることになり、影響は大きい。

 食品メーカー関係者はいう。

「同社の従業員数を踏まえても、10年ちょっと間に死亡事故が4件というのは多いという印象です。むしろ安全対策がしっかりしているはずの大企業で、ここまで頻回にそのような事故が発生しているというのは、製造現場に何か問題があるように感じます。2月の死亡事故で気になるのは、原因がベルトコンベヤーに挟まれたことだという点です。ベルトコンベヤーに挟まれたということは、何かイレギュラーな作業をしていたのだと考えられますが、ベルトコンベヤーの内部に落とした物を拾ったり、くっついた物や挟まった物を取り除く際にはベルトコンベヤーを停止するのが原則です。ですがベルトコンベヤーを停止すると、製造ラインによっては再稼働までに長い時間がかかったり、ベルトコンベヤーに流れている物をすべて廃棄しなければならなくなったりして損失が生じます。パン生地のように各工程での加工時間が厳密に定められている繊細な食品であれば、一定時間停止してしまうと使えなくなってしまい廃棄することになるので、現場責任者が従業員に対してできるだけベルトコンベヤーを止めないように指示することはあり得ます。

 しかし、これは裏を返せば従業員の身を危険にさらすことにもつながります。それでもできるだけベルトコンベヤーを止めないように言っているということは、それだけ効率が最優先されており、加えて余裕がない生産計画が立てられているということでしょう。製造ラインで遅れが生じればその日の予定製造数量に達するために従業員を残業させる必要が出たり、後ろの製造工程にしわ寄せが生じたりするので、不測の事態が生じることを想定して余裕を持たせた生産スケジュールを組むべきですが、そうすると効率と生産性が低下するので悩ましい問題ではあります」